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2009年11月

ひさびさの更新です

保育園へ行って、風邪気味なものの二週間元気に通っていたでかお。離乳食も良く食べ毎日よく遊んでいたのだが…。

何か風邪の治りが遅い、かかりつけの医者に行き続けて鼻や咳の薬を飲んでもよくなる様子がない、変だなと思い別のクリニックにかかったところ、「確かにこの薬で治らないとなるとなあ…。」と抗生剤を処方された。これでよくなるかと思いきや、いきなりでかおは軽く発熱してしまった。

それでも食欲があり、よく遊び、よく眠り、比較的元気だったでかおにはさらに最強の抗生剤が処方された。しかし熱はどんどん上がっていき、ついに本人がぐったりしてしまったので解熱剤を使うよう指示され、使ってみるもほとんど効果なし。再度受診を指示された。

そのクリニックでは診てくれる都度血液検査をしてくれていたのだが、抗生剤を飲んでいるのに異常な数値が出たため、その場で少し離れたところにある大きな病院を紹介され、すぐに行くよう指示された。ちなみにインフルエンザではなかった。

大きな病院で再検査をしたところ、検査値だけ見れば結果は「肺炎」。一週間の入院が必要と言われたのだった…。しかも乳児は付き添い看護…産後うつの状態を正直に話したところ、医者も看護士も親切に対応してくれた。また、私の母がいっしょに付き添い看護を申し出てくれたためでかおと私、私の母と病院での生活をしていたのだっだ。その間はでかおにつきっきりでした。

でかおが運が良かったのか、投与された抗生剤が効き、必死にでかおを押さえつけて二人がかりでの吸入と鼻水取りも効果を要した様子…しかし肺の状態は奇跡的にそこまでひどくなかったらしく治りが思った以上に良く、四日間で退院となったのだった…。

一日目は処置で泣きまくっており、二日目には医者や看護婦を見る都度泣き叫んでいたでかおだが、子供の回復力はすごく、三日目には遊ばせろと病室の中で大暴れして叫んで(泣いてない)おり、抱っこもおんぶも効果なし。点滴をしていた一日目の食欲はともかく、二日目からは出された離乳食も病状からは考えられないほど食べているような状況だった。

主治医は「もう大丈夫でしょう」と四日目の退院許可を出してくれた。三日目の夜、病院のプレイルームで遊んでいいと許可が出た時には、でかおは病院に来て初めて満面の笑顔で遊びまくっていたのだった。そして退院の日、病院スタッフが「白衣見ただけで硬直してたでかおくんがあんなに笑ってるの初めて見た!」と大喜びするほどの満面の笑みを残して退院をしていったのだった。

それから外来までの一週間、外に出る事もなく家の中で過ごしていたでかお。最初のうちは家に帰ってきたので満足し喜んでいたが、そのうち退屈してくるようになったらしい。私の父や母が交代で来てくれていたが、暴れたり騒いだりしながら毎日過ごしていた。

私の実家の親が元気でなかったら、私はでかおの面倒は見られなかったかもしれない。そして直前まで元気だったから、気がつくのが遅れていたら…と思わずぞっとした。風邪一つとってもあなどってはいけないなと本当に思った。かかりつけの医者も今回の事で完全に変える事にしたのだった。

私のせいでこうなったのだろうか…と本当に悩み苦しんだが、入院した病院の主治医から「たまたまこうなっただけで、誰が悪いとかそういうのはないんですよ。何だかおかしいな、と気がついていろいろ対応したお母さんの勘が正しかった、だから検査結果は悪いけど実際の病状は軽くてこの程度で済んだんだ、そう思ってください!」と叱られてしまった。

また周りの人には大迷惑をかけてしまったし、対応してくれた全ての人にありがとう、である。

ちなみにでかおは完全に元気になり、登園の許可も出てまた保育園へ通うようになったのだった。しかも、退院後にはできなかったはずのおすわりがほぼ完全にできるようになり、はいはいからのおすわりもできるように。ほぼ同時だったが自宅療養中につかまり立ちをとつたい歩きまでするようになってしまったのだった…。

後追いは入院時から退院後の診察までのべったり期間があったおかげか、さらにひどくなってしまったが、保育園ではそれほど泣いたり騒いだりせず元気に遊んでいるという。しかし保育園から帰ってくると甘ったれが炸裂!ママべったりになってしまうのだった…。

私はいろいろあってゆっくりリハビリ中ですが、元気にはしています。

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