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2009年1月

出陣日決定!

2009年1月30日。行ってきま~す!

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まさかねえ…

明け方寝汗で目が覚めた。どうやら熱があったみたいだ。かなり激しい寒気もあり、頭痛まで…猫のえさねだりにも起きる事ができない体のだるさ。朝になってもだるさと頭痛が治まる様子はなし…。

夫に急遽休みを取ってもらい、朝一番で産院へ連絡して診察を受け、風邪薬をもらった。

実は手術は明日に決まっていたのだ。しかしこの状況では母体にメスを入れた後抵抗力が落ちるのは必至で、風邪の症状があまりにも強い場合や、万が一インフルエンザである場合手術は延期せざるを得なくなる。また風邪をひいたのがきっかけで陣痛が起こることもないとはいえないので、とりあえず今日は一日寝て安静にして過ごすよう指示が出された。明日再度診察を行い、手術に耐えられるかどうかを見た上での判断という事になった。予定日超過してなくてよかった…。

まさか前日に夫に食事を作ってもらったりして一日寝て過ごすとは思ってもいなかった…。どうしてこうなるかなあと思いつつゆっくり横になって過ごしていたのだが…。

その上にさらにまさかは続いた…。内診時全くなかったはずなのに、夕方になって何とおしるしが…私もひっくり返りそうになった。ちなみに陣痛も何も今の段階では起こってないが、おなかのちびはもういつ出てきてもおかしくはないのだ。予定通り手術で生まれても心配はいらないって事だ。

これで夜中に陣痛がついたり破水でもしたら相当なお騒がせ妊婦である…。それはない事を祈りたいのだが、こればかりはちび次第なのでどうにもならない。ちびさん、とにかく何でもいいから無事出てきてくれ!

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ありがとう。

何を思ったか父親が電話をしてきた。母親が出かけており一人でいたらしい。

友達の親が亡くなったのだが、葬儀に出席できなかったためお香典を送るのと、出産前にベビー用品をたくさん譲ってくれた友達にお礼を送るのと、出産したばかりのフルートの先生にお祝いを送るのとをやっておきたいと話をしたら、それもいっしょに付き合ってくれるとの事。その前に昼ごはんでも食べないかとの事でいっしょに和食を食べに行った。

おそらく手術が決定してしまい凹んでいると思われる私を気遣ったのだろうと思う。同じ天ぷら定食をぱくついてきた。だからちびが予想外に大きくなっちゃったんだな…。

店の親父さんは驚いていた。二週間前「食べ納めだ。」と夫とやってきたばかりだったのにまた私が大きなおなかでやってきたから。事情を話したところ「そうか、手術になっちゃうんだ…でもその方が楽かな?」と…それを聞いた奥さんが親父さんをめちゃくちゃに怒っていた。「冗談じゃないわよ!おなか切るんだからお母さんの負担は大きいのよ!痛みだって自然に産んだ人よりつらいくらいだし、行動制限だってあるんだし。赤ちゃんにとっては安全でもお母さんにとっては大変な事なんだからねっ!」そんなやりとりを聞いても思ったよりはショックを受けない私がいる事に気がついた。私もだいぶ強くなったもんだ。

ま、この年になって出産するって事で、子供が育たないうち先に簡単に親が死んじゃうわけにはいかないわけで、健康には今まで以上に注意する、しかも子供が育つ前に親の都合で経済的に困らないよう一生働き続けたりしなきゃ、などいろんな事が出てくるなあ。人生の前半に好きな事をいっぱいしてきた分、後半は違った人生も悪くないもんだ、と今は思える。逆に早くに子供を産んだりした人は、人生の後半は好きな事をいっぱいできるはず。順番が多少違うだけ、なんだろうな。

ごはんを食べた後父が郵便局やコンビニに連れて行ってくれたので、やらなくては、と思っていた用事が全て済んだ。ありがたい限りだ。これで安心したぞ。

郵便局では母親学級でいっしょだったお母さんとお子さんに会った。赤ちゃんは産まれてまだ1ヶ月くらい。小さくて本当にかわいらしかった。二日間苦しんでの出産で、帝王切開決定直前に産まれたと言っていた。里帰りができない状況だったためご主人と二人で産後一ヶ月を乗り切ったと言う。本当に偉いなあ…。さすがに疲れてはいると言っていたし、出産前の姿とは違っていたが、彼女は何とか乗り切ってきた自信がついたという表情をしていたように思う。それを見てたらなんだかほほえましくなった。母は強し、だなあ…。

ふと見たら父が通りかかりの業者さんらしき人とあーでもない、こーでもないと笑いながら話をしている。何事かと後で聞いてみたら、以前同じ職場で働いていたのだという。その人は父よりはるかに若かった。もう二十年も前に父がいた職場を退職し、お店を開いて頑張っているのだそうだ。そんな前にいっしょに働いていた人がすっかり年をとった父を覚えているんだ…と驚いた。父が化け物で当時とあまり変わってないのか、その人の記憶力がよかったのか…。

同じ性格ゆえに反抗期前の子供時代から社会人になる前まで何かと衝突ばかりしていた父親だが、奇しくも父親と同じような仕事をする事になってしまい、同じような道をたどる事になってやっと当時の思いがわかるようになってきたのだから皮肉だとしか言いようがない。おそらく父も同じ事を思っているだろう。ひさしぶりに我が家で二人だけで話をしたが全くケンカにはならなかった。どうやら父も普段言えないいろいろな事があってこちらに来たようだし、私も私でそんな話をしたり、気がついたら一時間以上話しこんでしまった。

四度目の手術という事で、別に怖がらなくてもいいところなのに、今までと手術の意味が多少違う今回を少し恐怖に感じていたが、だいぶその気持ちが薄らいだ。あらためてありがとう。

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猫があまあま

今週に入って何が理由かよくわからないが、我が家の猫がやけに甘ったれになっている。

夜は人のところにやってきて寝ているが、普段なら昼もそんなにべたべたはしてないはずなのに、やたら人のところに寄ってきてべたべた。昼うとうとしてるとべったり。何かしていても近くにべたっという事も…。

ただ寒いからかな?と思ってはいるが、それにしても随分べたべたしている。

体調が悪いんだろうかとも思ったが、イタズラしているときはイタズラ全開なのでそんな事もなさそう。朝になれば夫にべったりしてるのでただ人恋しいだけか…。

猫ってもっと勝手気ままな動物だと思っていたので、こんな一面を見るとちょっと不思議な気持ちになる。基本的に自分中心、人に合わせるという感じは全くないがちょうどいいこの距離感、いいなあ。

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栄養指導って何でしょう?

妊婦になってから貧血だの尿蛋白だの、高血圧だの糖尿だのと注意を払わなくてはならないことが多くなった。幸い私はちょっと体に変調をきたした時休んだおかげか、これらの症状は出ずに済んでしまった。ところがそのせいなのか何だかわからないが、ちびは驚くほど大きくなってしまった。今の時点で4キロ近くある可能性があるので何とも言えない。前々回の検診でレントゲンを撮った時見て随分大きいなあと思ったので、身長もそれなりにあるのではないだろうか。いきなり新生児用の服がつんつるてんだの、ピッチピチだのは勘弁してほしい…。沐浴も重くて「ぎょえええ」では…。まあ母親が怪力(だと周囲は言うが、妊婦ではない時期に10キロの米袋一人で15分持ち運ぶくらい別に普通だと思うけど)なので大丈夫かとは思うが…。

妊婦には栄養指導がある。私は今回市の母親学級と産院の母親学級両方に出て、栄養指導を受けてきたがなかなかこの差がおもしろかった。

市の母親学級の栄養士は当然市の職員。内容としては一般的な話が多かった。まあ自治体の職員が偏った立場では話ができないのはある意味仕方がないと思う。

ただその中で献立の立て方、料理の仕方など具体的な話がちょっとだけあってそれがなかなかおもしろかった。私としてはその部分をもっともっとたくさん聞きたかった。働く母親なりの工夫が話のところどころに見受けられたように思う。

サプリメントを使う場合の注意事項なども説明の中には入っていた。それなりに現代の食生活の変化にも対応するような内容も含まれていて、きちんと勉強をされているのだな、といった印象は受けた。おもしろかったので思わず時間外に質問に行ってしまったが、この時に得られた回答もまたなかなかのものだった。旧態依然とした対応の人もいるようだが、この栄養士はそうではなかった。どうやら今後は離乳食の講座等も受け持つようなので、ちびが産まれたらこれも楽しみにしていようと思った。

産院の母親学級の栄養士は当然産院の職員だと思っていたが、名札を見たら何とミルクメーカーの社員(栄養士の資格はある)だった。パンフレットもミルクメーカー作成のものだったのでびっくりした。一般論の部分は内容としてほぼ同じだったが、結果的には産後も何となくミルクを勧める感じでの話が多く、母親の栄養指導の中でも母親用の飲み物(鉄やカルシウムが強化された水で溶かす飲み物だった)の宣伝が入るなど、メーカー色がかなり強いものだった。試供品もいただいたが私には薬っぽい味がしてどうもおいしいとは…私の味覚がおかしいのか…。

それでも終了後、貧血を指摘されていたと思われる妊婦さんが何人も母親用の飲み物の購入申し込みをしたりしているのを見てびっくりした。鉄剤を処方されると胃を刺激され気分が悪くなることもあるようなので、できれば食べ物から摂りたいと思うのはわかるが、この飲み物自体が結構なお値段するのでまたまたびっくり。当然私はスルーした。

この産院に栄養士いないのかな?とふと気になった。だとしたら産後の病院の食事、どうなるんだ?普通完全母乳にするならそれ相応のメニューを作るはずだが…カロリー計算は?献立は??これはおもしろいと思ったのでカメラ持参で入院しようと思う。旅行の時よくやる方法で食事をカメラにパシャ。記録として残しておこう。

本来栄養指導と言うなら、胎児、妊婦の健康を第一に考えて行われるものじゃないかな?と私は思った。今回偶然にも市の母親学級を先に受けたのでその点は客観的に見られてよかったかな?という気がしなくもない。さらに今回私に貧血などの異常が見られていたら、やはりこんな見方はしなかったかな?とか思ってしまった。

そこまでうがった見方をしなくてもいいだろうと言われるかもしれないが、出産をとりまく中にもビジネスのにおいが本当にたくさんある。どこまでが正しいもので、どこからがビジネスなのかはなかなかはっきりしない部分があるが、それを見極めていかないといくらあってもお金がかかってキリがない。妊婦の栄養指導一つ取ってもそうなのだなあと考え込んでしまった私だった。

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今日のおやつ

今日も甘いものが無性に食べたかったが、昼食や夕食の材料を買いにスーパーに行ってもなぜか洋生菓子を食べたいとは思えず、結局買わずにもそもそと帰ってきた。それでもやはり甘いものが食べたいのできなこ飴など作ってみた。参考はこちら。以前にりんごケーキを紹介してくださっていたみるまゆさんのブログから。

プルーンを煮た後つぶしてきなこを…一気に混ぜたらワケがわからなくなったので、少しずつ混ぜた方がなめらかになるかもしれない。うわ、失敗したと思ったがきなこ飴は無事出来上がった。甘ったるくなく適当に酸味もあっておいしいと思う。私には好みの味。レーズンで作ってもおもしろそうな感じだ。いずれにせよ手術を控えた身には貧血が怖い。幸いプルーンがたくさんあるので楽しんで作って食べておこう。

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お財布を探して…

お財布を失くして探し回った話ではないのだ。

実は数年前から使い勝手が良くて、丈夫なお財布を探していたのだ。

比較的値段が高めのものなら丈夫かなと思って買ったり、持った事のない長財布を買ったりいろいろ試してみたが、私の使い方が乱暴なのか購入してから一年ちょっとくらいしかお財布がもたないで壊れてしまっていた。

夫なども定期的に財布を買い換えてはいるので、今はお財布自体がそんなに頑丈な作りになっていないのかもしれない。消耗品と割り切って買うなら安いお財布を買って買い換えればいい事だが、どうしたものかと思っていた。実際お財布については随分買い換えて、年末に処分したものもあるので今はほとんど持っていない状態。

ネットでお財布を探していたらこちらを見つけた。お値段はそれなりにするが丈夫なお財布である事に間違いはなさそう。修理対応もあるらしい。それでも前に使っていたお財布よりはお値段ははるかにおトク。注文してみた。

年が明けてしばらくしてお財布は届いた。私が購入したのは赤。

なるほど、革はまだ硬いが使い込んでいくうち手になじんできそうだなと思う。ごくごくシンプルな設計で余計なものを入れずに済むので定期的にお財布の中身をチェックする事になり、お財布を簡単に破壊することもなさそう。

使っているうちふと気がついた。余計なものを入れない、シンプルな造りである事がお財布を大事に使うことにつながり、結果的に余計なお金を入れない(ケチという意味ではなくて)、今あるお金が把握できるだのレシートの整理をする、それが家計簿をつけるといった事につながり、無駄遣いを防いでくれるのだと…なぜこんな簡単な事に早く気づかなかったのかと悔やまれる。

さて、このお財布は今の段階で相当長い期間使う事になると思われるが、その間私の経済感覚はどうなっていくのだろう。少しだけ楽しみだ。お財布で経済感覚を養うわけではないだろうが、お財布が変わったことで意識が変わったのも事実。

とは言いつつもともとお金を使うのは嫌いではない私。このお財布を使い続けて気に入ったら、同じところで今度は旅行やちょっとした外出の際持ち歩くセカンドの小さなお財布を買いたいなあと思っていたりして既に目をつけていたりする…。

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類は友を呼ぶ

我が家のベランダの植物たちの事である。

我が家で増殖(爆殖も含めて)してのさばっている植物に共通しているのはほぼ「へたれ」である事。育てている人間が「へたれ」なのでそんなのが集まってきたのかもしれないが、「へたれ」なりの意地で頑張っているのかもしれない。

むろん園芸店などで売っていた正統なものもいる。それはやはりそれなりに立派なので「へたれ」の部類にするのはちょっとなあ…だ。きちんと花を育てている方からいただいたのも「へたれ」の部類には属さない。不思議な事にこの子たちは我が家では一切差別される事なく同じように育っているが、なぜか「へたれ」の雰囲気は持っていない。不思議だ。

今回書いた「へたれ」の大部分は、当時住んでいた家のそばのHC出身の植物だ。

今はどうだか知らないが、当時このHCは植物のお手入れが素人目に見てもなってなかった。夏の日中に売り物の花に水をやったりするので、「いいな!」と思った花を売り出してすぐ手に入れないとわずかな日数で傷んでいたりするのだ。葉が腐っていたり花が溶けてたら売り物になるわけがないし、すぐ売り場からひっこめられてしまう。

ある冬の日、仕事帰りにHCに猫のトイレ砂を買いに行ったら、何と日没後だというのに花に水をやっていた。これはあんまりだと思ったので余計なお世話だと思いつつ店長さんに「あれはいくら何でもまずいのでは?」と言ったオバサンは私…。

そのHCでは赤札ものの溶けかけたゼラニウム、しおれきったスミレ、原種クロッカスの苗、スノードロップ、くたったイチゴ、息も絶え絶えのハーブなどダメもとで買ったりした。お値段半額以下だったりしたのをいい事に、ほしかったものはとりあえず買ってみた。ダメもとで育てて見ようなどと思ったのがすべてもの始まり。な~んて言ってて実は「このまんま枯れてくだけなんて…。」と少しだけかわいそうに思ってしまったりするのも事実。私のところに来たっていい事はないのかもしれないけどね…。

「へたれ」についてはみんな水を切るようにして育てた。ただでさえ過湿状態で育っているので、これでは絶対枯れてしまうと思ったけど心をオニにして頑張ってみた。土も替えたりダメになったところを思いきって切ったり本当に荒療治。もちろん枯れてしまった苗も多いのだが、どこの世界にも一株くらい多少根性があるのがいる。いずれもたった一つだけ生き残っただの、よれよれとかろうじて夏を越しただの、親は枯れても種ができてて芽が出てきたなど苛酷な環境を生き抜いたのがいる。それらが今我が家のベランダではびこっている。

ローズマリーなんて生育旺盛すぎて料理に使っても余るわ、花が咲きまくるわ、人に挿し木用に派手に枝をあげてもまた伸びてどうにもならない。ミントやレモンバームはプランターにいるから増殖を防げているが、毎年摘んでも摘んでも葉が生えてくる。

スミレはもう増えすぎてどうしよう状態。しばらくは下草状態にして放っておくことにした。

イチゴは我が家では手入れをしないから小さい実しかならないが味だけはおいしい。ランナーで他所に分けた子たちは今も他所様の庭などで大事に育てられているらしい。数年前「何でもいいので植物がほしい。」と、とある施設を作ろうとしていた人に頼まれてランナーを取って三株ほどこのイチゴを譲ったのだが、その三株が今はいっぱい増やされて施設の人たちに大事に育てられているという。忘れた頃になって施設長からお礼を言われた時は本当に驚いた。

クロッカスは今年も芽吹いた。分球を繰り返しているのでさすがにもうダメかと思ったがありがとうと言いたい。去年みたいにブドウ糖で肥培すればまた来年も咲いてくれるのかな?

今いる「へたれ」たちを大事に増やして育てていくのも悪くないなと思っていたりする。

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ガーデナー失格!

SAKUさんに預かっていただいたテコフィレアにつぼみが上がったのを知った。しかし、何を勘違いしたのか私の立てた名札と種類が違っていた事が判明した。

紫の花が咲く「ビオラセア」だと思って札を立てたら、青い花が咲く「シアノクロッカス」…。

植えるとき一つ一つ植えたはずなのでそんな間違いをした記憶はないのだが、残り二つにどんな花が咲くかまだわからないので、そうだとしたら私が間違えたのだろう。もしも全部青い花が咲いたら(本来なら紫が一つ、青が二つになる)業者さんで間違えたんだと確定できるが、三種類あるはずの一つに花がつかなそうなので、実際のところ今回誰がミスしたのかはよくわからない。ただもともとおっちょこちょいなので私が間違えた可能性は大だ。

ただ記憶にあるのは、一番大きな球根だったのがシアノクロッカスと表示してあった事。これは植えてから二芽出ている球根、しかも今回花が咲かないと言うものなので絶対に間違ってないと自信を持って言える。残り二つが入れ替わっているだけならいいが、そうじゃなかったら…やはり業者さんに「種類違いましたけど…。」と言った方がいいのか…。

実はいっしょに植えたスイセンの種類も、もしかしたら逆かもしれないのだ。これは私が植える際球根を取り違えただけなので、咲いたら入れ替えれば大丈夫なはず…だ。

名札を間違えるとは初歩的ミスもいいところである。どうしてこうおっちょこちょいなのか?と唖然としてしまう。いくら慎重にやっているつもりでもこういうのは治らないんだな…。

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そんなに好きなの?

我が家の猫ごろにゃんは基本的にキャットフードなら何でも食べる猫だった。

しかしいろいろ調べているうち、どうやらトウモロコシ系の食物にアレルギーらしきものを持っているようだとわかり、現在はロイヤルカナンの処方食を食べさせている。一応アレルギーを持つ肥満猫用のドライフードで、今は夫が獣医さんまで定期的に買いに行っている。

昨年転居してから家が多少広くなり、勝手に動き回るスペースが増えたせいかごろにゃんは家人が不在の間はあちこち動き回っているもよう。そのせいかだんだんとたぷたぷで真ん丸かった体が締まり、気がつくと前足も後ろ足もがっちり、足の付け根や胸の部分に筋肉らしきものも増え、ジャンプ力なども増した。その後ダイエットしたわけでもないのに体重は減り、5キロ近くあったものが4.2キロ程度に落ち着くようになった。

そんな事もあり獣医さんに許可をしてもらい、週末だけ猫に缶詰のエサを与えるようになった。一応原材料等はチェックした上、比較的まともと思われるものを使っている缶詰を購入するようになったのは最近のことだ。

ごろにゃんは肉より魚に興味を示す猫で、肉の入った缶より魚の入った缶が好きだ。普段のドライフードが肉系なので、缶は魚主体のものにしてみた。その中でもまぐろベースの缶でささみミックス、しらすミックス、まぐろ単体、サーモンミックス、かつおベースの5種類を試してみた。

この中でささみミックス、まぐろ単体、かつおベースには特に興味を示したごろにゃん。しらすミックスとサーモンミックスは食べるがそれほど反応がない。結果的に三種類をよく買うようになったが、この中で一つだけ異様な反応を示すもの、それがかつおベースの缶だったのだ。

かつおベースの缶を開けると、喉が鳴ってしまうのだ。そして保存のため冷蔵庫に入れてあるのを取り出そうとすると「にゃん!」と鳴きながらどこにいても跳んでくる。しまいには人が家事をしていようが、夫がゲームをしていようが前足でとんとんと人をひっかき「にゃ~ん!」とえさくれ攻撃。かつおの時にはこれが尋常のペースではなく、ほぼ一日中エサねだり。たまに寝てると思って油断していると、ちょっと冷蔵庫に近づこうとしたり、椅子や床から立ち上がろうものなら「にゃっ」と鳴きながらすっ飛んでくる。

「そんなにかつおが好きなのか…。」と私も夫も驚いた。夫はついにごろにゃんを「かつお猫」などと呼ぶようになってしまった。

ちなみに焼いた魚はどれでも大好きなようで、鮭だろうが秋刀魚だろうが、鰤だろうが何でも食べたがる。食事中にテーブルに乗ってきてまで奪って食べるようなマネは絶対にしないが、うっかり魚の皮など台所に置きっぱなしにしようものなら、いつの間にかくわえて歩いていたりするので油断ならない。

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おかしな読書

まもなくこんな事もできなくなるかな?と思いつつしている事がある。食事時にはスルーしてください。

我が家のトイレには本棚がある。マンガ本がほとんどで、入ったついでにちょこっと読める一話完結、四コママンガ、ちょっとしたイラストの本などが置いてある。その中に例外として文庫本が二冊ほど置いてある。一つは「トイレで笑える雑学の本」で、ずいぶん前から我が家にいる。確かブックオフで買ってきた本だと思う。もう一つが「河童が覗いたトイレまんだら」である。妹尾河童さんが書いた本でこれもブックオフで買ってきた。現在どっちも絶版かもしれない…。

「雑学の本」は最初は本棚にいたが、長居する時読むのにちょうどいいと思ったのでトイレに置くことにした。私はたまにだが小さいのついでにトイレにこもって本を読んだりしている事があるので、そういうときにちょうどいいなと思ったのだ。中で笑っていたりすればトイレで倒れてるなんて心配もされないし、出てほしければ「出ろ~」と言ってもらえるので(そこまで長くいた事はさすがにないが)。

「トイレまんだら」は他所様(有名人)のトイレを覗いていろいろ本人との対談などが書いてある本。一つのエッセイの長さがわりと短めなので、大きいので入るときに一話読むのにちょうどいい。もともと直腸ポリープや痔などの病気も持っていたので、あまり大きいのが目的での長居はできないのだ。そのためこちらを読むようにしている。今のところ目下半分読み終わった。

読んでいるうちトイレに本棚があったり、本を置いたりしている家はそれなりにあると知った。決しておかしい事ではないのだと思った。

しかし我が家に来る人はだいたい「何これ~?」とびっくりしているか大爆笑のいずれか。確かにそのトイレの本棚の上にカエルがトイレに座って読書をし「A habit is hard to give up.」なんて書いてある絵が飾ってあったら普通はひくよな…。おまけにシルバニアファミリーのトイレバージョンが飾ってあるし、トイレマットは草原だし。そのうちここにおむつ用のゴミ箱が設置されたり、おまるや補助便座が置かれるようになったらもうえらいこっちゃ、だ。

本当はトイレ用の小さなヒーターも置きたいのだが、そこまでするとトイレから離れられなくなりそうなのでやめておく事にした。ふかふかマットのおかげでそこまで寒くないし…。ちなみにこのふかふかマット、今のところ一週間ごとに洗い替えされている。

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んんん?

夜中あたりから今までに経験した事がない妙な胎動を感じるようになった。

おなかの表面でぼこぼこ動いていたはずのちびが何だかおなかの奥に潜り込んでいくような感じだ。相変わらずちびはどかどか激しく動いてはいるが、ちびの動きが自分から少し遠ざかったような気がする。

朝起きるとおなかの張りはだいぶひいていた。それなりに硬さはあるが昨日までがうそのようにやわらかくてラク。

昨日まであった胃のあたりからおへそまでぴ~んとおなかが張る感覚は「ぎゃおおお」状態。破裂するんじゃないかと思ったり(そんな事はないみたいだが)してびびっていたのだが、それがなくなった分気楽に過ごせるようになった。もうどう出産するかも決まったし、自分なりに安堵したからかな?と思っていた。

その後昼に夫と外出したのだが、何だか急に歩きづらくなったような気がしたのだ…。今までスタスタ歩けてたんだけど…何と言うか、腰の辺りがどすんと重いような気が…。バランスが取りづらくなり一歩の幅も狭くなり…ゆっくり歩いてくれている夫からさらに遅れを取るようになってしまった。いったい何だ???バランスの変わった体に自分がついていけず、コツをつかむまでに少し時間がかかった。

夜からはへその下と腰が急に張り始め、だんだん背中や腰の張りが強くなってきた。おなかの形は変わったように見えないのでちびの位置が下がったわけではないのだろうが、今まで腰や背中にここまでの強い張りを感じた事はなかったのでびっくり。ちびの蹴りは入るが向きが変わっているのかおなかの表面は今までのように動かない。おなかにガスがたまって張ってるのかなという気もするが…。

来週以降はおなかの張りではなく、腰の張りとおつきあいか?いずれにしても週が明けたら39週だ。混むだろうが朝早いうちにとっとと検診に行って来ようと思った。ちび、さらに大きくなってるのかな…。とにかく頼むから無事産まれてくれ~、とだけ思う。

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人のふり見て…

母親学級でいっしょになったメンバーが二人続けて出産したらしく、報告のメールが来た。しかし二人とも相当な難産だったようで、内容を見る限りこれから出産を迎える者としては「…。」と思わず閉口してしまった。

数日前にはフルートの先生も出産したと報告があった。会いに行きたかったのだが、出産直後にインフルエンザか何かに感染したらしく、出産後赤ちゃんとも会えずにいるのを知り行くのはやめた。

一番最初に赤ちゃんを産んだメンバーからもメールが来ていた。里帰り出産から帰ってきてこっちでかかりつけ医を探しているが、居住してまだ間もなく地理的に把握できてないためどうしたらいいかわからないという。もともと地元のため小児科の位置は教える事ができたが…。メールのやりとりをしているうち、本当にあっけらかんと出産報告をしてくれていた彼女も実はかなりの難産だったと知った。細かい事はこれから出産する私の立場を知ってか書かれてはいなかったのが少しだけありがたかった。

終わった後「あれはすごかった…。」と振り返る事はあっても、これからの人には言えない事もある。実際に起こり得る事実は事実として知っていた方がいいが、その人の受け取り方によってはかなりまずい場合もある。いろいろな考えがあるなあと実感。おそらくその直後はそこまで考えが及ばないだろうな、私も、と思いながらメールを見ていた。

平常時なら流せる事でも、そうでない時は流せない事もある。人間感情がある以上仕方ないのだが、そこは心に留めておかなくちゃね…。

私も今日病院で日程調整が終わり出産日が決定した。私がすっかり意思を決めてきたからというのもあるが、先生としても私の思い、さらにはちびが下がらず子宮口が開かない以外には相変わらずちびにも母体にも健康上の問題がない事もあり、本当に直前まで自然分娩にも対応できるように待とう、その結果として何も起こらなければその日を出産の期限にしよう、さらには事前に分娩の兆候が起こった場合はどちらに転んでも大丈夫なように経過を見ながら対策を取ろう、本当のところは先生も切らずに済むなら切らないに越した事はないのだから、という話でまとまった。

それより早くなる事はあっても遅くなる事はもう絶対にないので、職場の上司にも事情を説明し、休業がらみの諸手続きの方法や、休業期間の調整など細かい事について依頼をした。上司は最初出産報告と思ったようだが、詳細を説明したところさすがに「そんな事になるなんて…。」と驚いていた。在勤中に陣痛もどきが起きたりして早産の兆候が出てしまい一日二日休んだのも知っていたので、こんな事になるとは思ってもいなかっただろう。どこまでも心配かけてすみません…だ。

ってな事で出陣の日までまだしばらくあるのでのんびりのんびりのんびり…暮らしていこうと思っている。でもおなか重いよお…寝るのもひと苦労、家事するのもひと苦労、内科的にも整形外科的にもどこも悪くないのに痛むところがあったりするし、安静にする必要はないけど体動かすのももうあまりしないよう言われちゃったしなあ…。

私自身はごく普通に暮らしているつもりだ。ところが平均的な妊婦さん以上におなかが大きいのに動きも平均以上に軽くて素早いため、先生も助産師さんも「どうして?」と驚いているのだと言われてしまった。そういう人は無理をする、もしくは全てにおいてやり過ぎ傾向が強いので気をつけるよう厳重注意を受けてしまったのだった…。

これも人のふり見て…だよな…。こうならないようこれからの方はぜひ気をつけてください…。

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ここきてそうくるか! 続き

うっかり書きかけの記事をアップした事に気がついたので、その後の記述を続きにしてしまった…。

今日の検診は夫もいっしょだった。前回出産方法について予定帝王切開も選択肢の検討にしてはどうかと先生から話があったが、それについて詳細を聞くためだった。先生からは再度夫に対して検診結果もふまえての説明があって、先生には夫と私とで話し合った上、どうしたいのかを説明することもできた。

結果的には現段階で誤差を考慮してもちびは3300グラムはあるだろうという事(おそらくそれ以上に大きいだろうとの予想)、ちびは相変わらず下がってこなくて子宮口もやっと1センチ開いているかどうか、自然に陣痛がつく可能性がないとは言えないものの、子宮口が開かないとなると何とも言えない事、今までの先生の経験からでは私の年齢的なものもあり、子宮口がこのまま開かないとなると最後の最後で危険な自然分娩になる可能性がやはり高めとの事だった。

念のため骨盤のレントゲン写真も撮ったが、先生はびっくり。「ありゃ、骨盤の形は見事ですね!赤ちゃんさえおりてくれば問題なく通れるね…。自然分娩は決して不可能ではないですね。」ここで「無理です。」って言われれば決定も早かったんだけど…。危険が一つ減った事も踏まえて今回の検診での結論を出すのは見送りとなった。しかし、ちびはもう既にかなり、いやすごく大きい。これ以上おなかに留まっていても必ずしも安全とは言い切れない段階に入っているかもね、と言うのが先生、私、夫、助産師さんも含めての見解。

条件としては非常にもったいないな、陣痛を経験して自然分娩ができたらいいな、とは私も思った。先生も助産師さんも本当なら直前でも子宮口が開いて自然分娩できればそれが一番いいんだけどね…と言う。

夫と再度話をして、せっかくここまで大きく育ったちびをあえて危険にさらす必要はないと判断し、今週末に予定帝王切開で出産する段取りを決めてこようという事になった。ちびにとって危険を伴わないのなら、あとは母体の問題だけだが、先生の話では母体に異常が見られないので問題は特になさそうだ…。手術は怖いんだけどね…自然分娩にこだわり過ぎてどちらも命を落とすような事があってはちびにも夫にも申し訳ない…。

最初は産院の都合なのかと思った部分もあったが、だったらレントゲンまで撮って「自然分娩可能。」とは言ってくれないだろう。自分なりに納得いく方法を探してこの結論になった以上それでいいのだと思った。意地になって結果的に母体とちびに危険が迫れば緊急事態になって慌てるだの、他病院へ転院だのになる…そうしたら精神的に私の方が耐えられない。

8年前に腹痛で病院に受診したら盲腸が腹腔内で破裂しているのがわかり、緊急手術を指示されたのを思い出した。何の覚悟もなかったので「明日じゃダメなの?」と聞く私に「冗談じゃない!このままだと命に関わっちゃうんだよ…。」と医者に穏やかに説得され、その日のうちに緊急手術を受けた身としてはあの時、急に手術が決まった恐怖はいまだに忘れられない…。30分の予定の手術のはずが、腹膜炎がひどく一時間経っても終わらず、ついに恐怖のあまり手術中に酸欠を起こしてしまい、あげくに麻酔が切れる前に変な発作を起こしたりして病院の看護士さんや麻酔科医、婦長さんに励まされて乗り切ったのだったっけ。

その後二度別の手術をしたが、確かその時は事前に全て知らされた上での手術だったので、恐怖はあったが落ち着いて臨めたのだった…。二度目の時は切除したポリープを見せてもらったりもできたし、三度目の時は先生の指示を聞き間違えて介助を間違えた看護士さんのかわりに「違うよ。」と体を動かしてしまい、間違えた看護士さんだけでなく私まで「こらっ!患者が動くんじゃない!!」と執刀医に怒られた…。

…とか言って帝王切開の予定日決めたらいきなりその前に骨盤内にちびさんが!陣痛が!!破水が!!!なんてのは、この期に及んでナシだよ…。おそらくそれはないとは思うが一応想定はしておかないとなあ…。

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ここきてそうくるか!

ついに38週の妊婦検診となった。今回の検診は夫もいっしょだった。

ちびは相変わらず元気であった。心音を取る時に蹴りがおなかごしに集音機を直撃し、助産師さんも驚く程のパワーの持ち主であることを証明してくれた。

超音波検査では初めて足の形が見えた。かわいい10本の足の指と、土踏まずの形まで見えるような小さい足が見えて夫も私も先生も驚いた。ちびさんは母親の体重増加ストップをよそにまだ成長していた…。

しかし、しかしだ。性別を確認しようとするも映像がはっきりしない。足の間に何かあるようには見えるのだが…。再度超音波画像を確認すると「え?位置が違うよな…。」と先生が。おいっ!まさかとは思うが五分五分って事か…。先生も「男の子だと思ってたけど、もしかしらここきて産まれてからのお楽しみになっちゃうな…。」。うわ、女の子の名前も考えとかないといけないな…。

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これはおいしい!

何となく朝からお菓子が食べたかったが、だからと言ってお菓子屋さんのケーキではちょっと胃腸に重いなあと感じるようになってきている。

ずいぶん前に「おだんごカフェのからだにやさしいスイーツレシピ」という本を購入していたが、パラパラめくってみると最初に載っているケーキが目に留まった。「煮りんごのタルトケーキ」、甘味料&オイルフリーだと…。

著者みるまゆさんのブログではこちら

これで本当に満足いくケーキが作れるのかな?と半信半疑で作ってみた。幸い材料は家に半分以上あったので、足りない分だけ近くのスーパーで買って来た。

材料はりんご、レモン汁、塩、小麦粉、アーモンドプードル、重曹、レーズン、豆乳、ラム酒、シナモンだけ…バターもサラダ油も牛乳も卵も砂糖もいれないんですけど…。

作ってみるとベタベタしないので後片付けも簡単。作るのも作業手順が少なくてラク。あっという間にケーキが一つできあがってしまった。冷ましたケーキを一口食べてみると…

「え~っ!うそでしょう…。」と思った。ケーキが甘い。レーズンが入っているのでその甘みとりんごの甘みだけなのに。しかもべったりだのガチガチとした感じではなく生地もきちんとケーキの状態だし…。これだったらケーキとして十分美味しいし、作るのも簡単だし、甘いもの食べたくなってしまっても問題なく食べられそう。

この本のレシピをじっくり見てみると、甘味料&オイルフリーのお菓子が多く載っており、さらには入手しやすい材料が使われていてとっつきやすそう。この手の本だと入手しにくい材料を使っているレシピも多く絶句しそうになる事も多々ある(そういう本は実際作らないので処分してしまったけど…)のだけど、めずらしい。

作る手間を見ても、きちんとレシピを読み込んで段取りよく作れば家事の合間にぱぱっと作る事もできそう(実際自分なりの作業手順を本の中にメモしちゃってるが)。当然お菓子なので毎日作るわけではないが、家にいる間に好みのものを選びながら作ってみよう。

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発芽!

我が家にある小球根たちに相次いで発芽が見られるようになった。

小球根のうちテコフィレアというちょっと扱いの難しい株たちは、ブログですっかりお世話になっているSAKUさんのところに預かっていただいている。出産が思ったより早くなりそうだったため1月の初めに預かっていただいたのだが、何を思ったかちびはおなかの中が居心地良くなってしまった様子。預かり期間が長くなってしまいかえって申し訳ないです…。

我が家では原種クロッカスに芽吹きが見られ始め、スノードロップ、原種チューリップ、スイセンにも芽吹きが見られるようになった。

スノードロップは養生して増やした株だが、花が咲きそうな芽が見られびっくり。原種チューリップも植えっぱなしのままで花を咲かそうとしている子、今年は養生になる子とがいるが元気なようだ。原種クロッカスは球根が小さくなってしまってはいるものの見事に我が家で根付き今年も大量に花を咲かせそう。スイセンは既に咲いてる株もあるが、昨年秋に購入したちょっと難しいと言われる原種に芽吹きが見られびっくり!原種シクラメンのコウムはもうピンク、白の花を満開に咲かせている。花つきは昨年の比ではない。

ただ問題なのはセツブンソウ二種類。西洋セツブンソウはこれからまだどうなるか不明だが、昨年春にいただいたセツブンソウは…うんともすんとも言ってない。ダメにしたかなあ…。

これから厳冬期を迎えるが、実際は春に向かって確実に季節が動いていっている。それを今年は比較的ゆったり身近で感じられるのがうれしい。

このところ数年は年が明けるとめちゃくちゃに忙しいのが続いていたので、会社の机も書類まみれ、残業はいっぱい…当然家にいる時間は激減し、家の中も何だかめちゃくちゃ、ベランダはほったらかし、休みの合間をぬって「それっ!」と家事をするという感じだった。

ちびが産まれるまでまだ時間はかかりそうなので、春に向けての芽吹きをゆっくり見ながら過ごそうと思った私だった。

ちなみに球根がらみのどの株も昨年からは山野草の土にプラ鉢で育てている。土の値段は確かにちょっと高いのだが、我が家で育てているのを見る限り球根夏越しの成績が極端に良く、しかも液肥、ブドウ糖をやり肥培する期間に球根が腐ったりもほとんどなし。カタバミやスミレの種が飛んできてしまい抜く時も抜きやすいし、植え替え時も結構扱いが楽。鉢が軽くなったのを確認してから水遣りをすれば大丈夫と横着者の私にとってはベストみたいだ。

しかし…ここまでいろいろわかるまでに随分時間がかかったな、と思う。枯らしてしまった植物は結構あって、性格的に私には向いてない植物というのがあるのを思い知る事もあった。基本的に私には細やかな手間をかけないと育てられない植物は絶対無理である。害虫駆除、殺菌消毒、その他遮光だのなんだの、一年をそういう流れの中で過ごさないといけないものはいくら育てたいと思っても「無理」と割り切れるようになった。

なお、今年は細やかな手間がかかる植物の中に、育て方の常識にとらわれすぎて枯らしたものがいくつもあった。一般的には手間がかかると言われていても、我が家の栽培方法で既に何年も適応していた株というのが多々あった。それをていねいに育ててダメにしたショックが一番大きかった。枯れてしまった植物達には本当に申し訳ないと思ってしまう…。

やっと自分に向いている植物がわかってきた。今年の春以降は早春に咲く小球根、今まで何年も育ててきたハーブ(ミント、レモンバーム、タイム、ローズマリー、ローレル)とイチゴ、ミニバラのうちレンゲローズやグリーンアイスの二株の強健種(両方とも丈夫で虫もつかず病気にもなりにくく枯れもせず、季節関係なく花が咲きまくるおそろしいミニバラ)、大好きなスミレと、サクラソウ、虫よけで育てている丈夫なゼラニウムまでで手を広げないようにしようと思った。

ちなみにバラやその他樹木(主に果樹)のお手入れがあまりにもなっていないので、もともと花を育てるのが上手な夫の父が春以降に鉢を引き取って育ててくれるのだそうだ…。

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入学試験の思い出は?

ブログ記事を書こうとしたら「ブログネタ」のところに「入学試験の思い出は?」とネタが出ていたので、そのままタイトルにしてみた。

入学試験の思い出といえば「バケツリレー」しかない…。

もう20年ほど前の事になるだろうか。ある大学の試験を受けに行った。ここは私にとってはラストから二番目の試験。ある意味では全日制の大学ではラスト。

実はこの時点で既に就職が内定していた(大学受験が第一希望であることは就職先は知っていたが、落ちた場合は仕事をしながら大学へ通う事で内定を取っていた)ため次の試験は二部の大学の試験の予定だった。

すごいボロい大学だったので受験会場は死ぬほど寒かった。暖房の効きも非常に悪くて絶句。もともとボロいというのは知っていたので冷えないよう万全の用意をしていったものの、あまりの寒さにコート着用の許可を受けて受験した記憶があり、試験官も気がついたら「遠慮なくコートを着てください」と言っていた。後で知ったのだが私の受験した教室は暖房が故障していたらしい…。

寒いのでトイレも近くなってしまう。試験時間はそれほど長くはないのだが、一科目終わるごとにトイレに行きたくなる。

二科目終わってすぐトイレに走ったところ、先に入った人が何やらうろたえている。はて、トイレの中に何か大きいものでも置き忘れてあったのかと思い聞くと「水が流れない…。」

私も含め先頭近くに並んでいたメンバーは「えええええっ!」レバーを押してみるが確かに水が流れてくれない。真ん中あたりの人が機転をきかせて「後ろの方の人は他の階に行った方が早いかも!」と声をかけてくれた。後ろの方の人は上へ下へと散って行った。

先頭付近のメンバーが誰からともなく「バケツリレーするか!」と言い出し、トイレからバケツを持って来て水を流した。気が効く受験生がいて男子トイレからもバケツを借りてきたので、一人入るたびバケツで水をジャーッ。

見ず知らずのメンバーで「とにかく多くの人が入れるようにしよう!」と必死に。最後の方は「え~い、水も体力ももったいないから二人分トイレしてから流そう!」「男子トイレの個室も貸して~っ!」と…。試験官にトイレの故障を知らせに行ってくれる人、トイレ故障中と他の階へ誘導をする人と、示し合わせてもいないのにみんなが協力して故障トイレの対応をして15分…。

こうして休み時間内に並んでいたメンバーは全員何とかトイレを済ませることができた。バケツリレーをした私たちも時間内に教室へ戻る事ができた。

三科目で試験が終了。試験が終わった後は誰からともなく「今回の受験何だったんだろう…。」「できたできなかったとかじゃなくて、すごい経験だったよね…。」「普通受験会場でバケツリレーなんかするか?」「何か教室もすごく寒かったし…。」と口々にぼやきが…。

こうして試験会場を後にした私。おそらくもうここに来る事はないんだろうな、とバスに乗り大学の最寄り駅まで帰ってきたときに思った。

その後4年間この大学に通う事になり、受験の時に感じた以上に学校がボロい事をさんざん思い知らされた私だった…。大学自体は第一希望だったので贅沢は言えないのだが…。

実は通っていた高校の校舎がすごくボロくて危険建築物みたい(在学中に地震で一部壊れた事があり危険建築物そのものだったという話もある)だったので、大学はもう少しまともだろうと思っていたら、もっとボロかったのでびっくり仰天。オンボロ校舎で過ごした通算7年間だった…。

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うらみノート

学生の頃の友人の中にいつもカバンの中に小さなノートを持ち歩いていた人がいた。時々そのノートを取り出しては何か書いたりしているのは知っていたが、何をしているのかとある日気になって聞いてみた。

そのノートは「うらみノート」と言うものだった…。

これを聞いた時「うわ、聞かなきゃよかったか…。」と一瞬ひるんだが、友人は笑顔で中身を見せてくれた。そこには友人に対して発せられた言葉、しかも友人が傷ついたり腹を立てたりした発言などが書かれていた。しかも誰が言ったことなのか、どういう状況で言われたのか、それに対しての本人が思った事や、怒りの感情などがものすごい言葉で書かれていたりした。普段の友人とは全く違う一面…。

絶句する私に友人は笑う。「言われた後かなりになって『むっ』としたりするんで、そういう時後々恨みの感情持つのがイヤでここで発散してしまうんだ~。」と。彼女なりにそうやってマイナスの感情の芽生えを認めつつも、変な事にならないよう発散していたのだ。

さらに中を見たら私が言った事も書かれているではないか!「このカエル女(注:私は実はカエルによく似ている。彼女も私が昔カエルだのケロよんなどと呼ばれていたのを知っているのでこう書いたもの)、途中で変なこと言ったって気がつきやがって!恨み言えんえんと書けないだろうが!ば~か。」などと書いてあった…。絶句する私に「まあ中を見せただけマシと思え。」と彼女は言った。

ちなみに、この友人は非常に温厚で心の広い人物として周囲からは一目置かれていた。

大人になってこの友人に再会した時、ノートの話をしたら「まだやってるよ~。」と言ってまたカバンから出してきた。学生時代のノートはさすがにもう処分して手元にはないし、あとあとまで残すものではないと思っているので定期的に処分をしていると言っていたが、本当に腹が立ったり、二度と忘れないというような事を言われたものは印をつけておき、処分時に永久保存版として他のノートに貼っていると言う。ぎょえええ、と思ったが、それは死ぬ時棺桶に入れてもらう事にするんだと笑っていた。

社会人になり結婚し家庭を持ち、子育てしながら今も仕事を続けているせいか、書くことは学生時代以上に増えたのだそうだ。学生の頃は三年間で一冊だったのが、今は一年で一冊か二冊になるぞ、と言っていた。

「でもさ、仕事してる中でお客さんや上司、同僚とかに言われた事とかは不思議と書かずに済むんだよね。イヤな事言われてもそれでお給料貰ってるんだから仕方ないって割り切れるんだろうな。書くのはさ、子供を通じて知り合った母親とか義理の親、親戚関係とかに偏ってきてるよ。しかもさあ、内容もだんだんすさまじくなってきてるような気がするな…。しょっちゅう出てくる人にはもう近づかないようにしようとかだんだんそうなってくるね。」と話していた。

そうそう、仕事中にイヤな事があってもそれで給料貰ってるって思えばある程度割り切れるし、よほど理不尽な内容だったり、違法な話だったりしない限りは腹は立つものの、同僚や上司、先輩たちと怒りを分かち合えることもあるからなあ…。

彼女の子供は保育園や学校に行っているが、保育園や学校の先生に対してはそんなに敏感にはならないらしい。ところが子供を通じて知り合った母親、しかも学校に上がってから知り合った母親との間ではいろいろあるらしい。「子供同士が仲が良くても親同士が合うとは限らないし、立場が違う親との確執も多いんだよな、これが。」と言う。保育園の頃は逆に親同士でこういうのはほとんどなかったんだけどねえ…とのこと。当然ながら下の子がらみでは非常に少ないそうだ。

親戚づきあい、特に義理の親との間でもいろいろあるらしい。表面上はうまくつきあいをしているようだが、こちらも本当のところを言えばドロドロだと…。好きでいっしょになった夫の親、さらには子供にとっては祖父母のわけだから子供の前で悪口は言いたくない、でも気に触ることは多々あるのだと笑っていた。夫の親戚にも曲者がいるらしく、付き合いは面倒だが仕方ないと話す。

例のノートを見せてもらったら、学生時代より過激な言葉がズラズラ並んでいた…内容は多岐にわたる罵詈雑言もあり、とても書けるものではなかったが、逆にここまで書けたら大笑いだな!というのもあった。

私も今年から簡単に日記をつけ始めたが、まだ10日程度にしかならないのにふと見たら日記にそういうのが結構書いてあった…。あらま、無意識に私もうらみノートつけてるんだな、と笑ってしまった。

うらみノートに特化して私も持ち歩きノート作ってみようかな…。

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もっとがんばりましょう

小学生の頃「たいへんよくできました」「よくできました」「ふつうです」「もうすこしです」「もっとがんばりましょう」というスタンプを提出物に押されたりした。

今日はそれをふと思い出す電話が…。

前にも書いたが家に昼間いるといろんな勧誘の電話がかかってくる。無作為に電話帳か何か見ながらかけてくるとなるとこっちの名前も知らない事が多いので対応はあっさりしており、変な断り方をしたところでこじれる事はない。

今日かかってきたのはクレジットカード会社の保険担当を名乗る人物。お得な保険があるとの事で保険の説明をした上、こちらが「はあ」としか相槌を打たないためか何とか契約に持っていこうとする。流暢に保険の長所ばかりを説明し相手に何か言わせない対応。

さてここでおもしろくなってきたので「あのですね~、私は…」と切り出したのだが、この人物、説明をやめようとしない。さらにこちらからもう一度「あの~」と言ってもこちらの話を聞こうとしないで説明を続けようとする。むっとしたので「あのね、私はだいたいの告知事項に引っかかる病気持ってるんだわ。保険入るのは不可のはずだけどね(←もちろんこれは一部ウソ。ただ本当に除外用件になるものを一つだけ持っているので、今入っている保険はその病気を除外してという事でOKが出ている)。」と切り出すと「そういう用件は全くなく、カードに入っている場合は署名も告知も不要で…。」

おいおい、そんな保険あるわけないだろうが。会社で団体保険入ってるが毎年更新の知らせは文書で来るぞ。変更がなければ提出不要という緩やかな条件は確かにあるが、契約の段階で署名も要らないなんてはずない。

ということで「あのね。どの保険会社でも断られてるんだから無理なのよ。医療費なんか公費負担で賄ってるから心配ないしね~。」と言って一方的に電話を切ってしまった。

ぺらぺら一方的にしゃべるだけの営業で客を取ろうなんて考えは甘いんだよ~。

客が問いかけをしている際に一方的にしゃべるやつがどこの世界にいる?こちらが話そうとしている内容を聞こうともしないで一方的に話されたらたいていの人間は「むかっ」とするはず。そういう時は一回は自分の話を打ち切って相手の話に耳を傾ける、それが当たり前だと思うのだがねえ…。最近こういうタイプの人間、多いよなあ…。

あと気になるのは本当にそのカード会社の保険担当者なのかということ。これは会社に確認してやろうと思っている。

おまけ:カード会社の本部に確認したところ、連日電話で保険の案内を行っているとの事。内容もほぼ一致のため間違いはないと思われた。確認の意味で電話した事を告げたところ、いったいどういう対応があったのかと先に本部の方から聞いてきてくれたので、顛末をお話しした。本部からは無礼な電話で申し訳なかったとお詫びのお言葉があり、確認はできたのでよしとすることにした。今回の営業マンさん、怒られちゃったらごめんね~。

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……。

ちびの検診に行ったが、ちとショッキングな話が先生から出た。

ちび自体は非常に元気で、母体にも特に問題はないのだが、ちびが少しでかくなり過ぎのようだ。37週で推定体重は3150グラム。頭の直径が推定9.3センチ。予定日までおなかにいると明らかにこれでは3500グラム超え確定…場合によっては4000グラム台か?。

それなのにいったんはやわらかくなったはずの子宮口が開いてこない。一度下がったはずのちびがそれ以上下がってこない。

まだ予定まで3週間あるのだが、このままでいくとかなりの難産が予想されるらしい。予定帝王切開も含めて検討する話が初めて出た。緊急事態ではないそうなので来週の検診の様子を待ってから結論を出すのも遅くはない、ただ可能性としてはそういうものもあると家族と話をするよう説明を受けた。

帰宅した夫とはあーでもない、こーでもないと話をした。話をしているうちにだんだん気持ちは落ち着いてきたし、混乱した自分の気持ちも少しずつ整理できてきた。

そんなのには関係なくちびはおなかの中でどかどか動いている。切迫流産も乗り切り、妊娠高血圧症の疑いのある間も母親を胎動で励まし続け、逆子にもめげず自力で回転し、早産の危険にも耐えた上に、おなかの張りの強い今もどかどか動いて「元気だよ」と知らせている。

せっかくここまで育ってくれたちびを安全にこの世に出したいので、手段は選ばないつもりだったが、いざそういう話が出てくると結構動揺する私がいたりする。できたら自然分娩で…と無意識のうちに思っていたんだろうな…などといろいろ考えてしまった。

自分さえ良ければいいってもんじゃない。結果としてはちびをこの世に送り出し、立派にとは言わないが一人前の人間に育てていくのが役割だとしたら、最初の部分がどうのこうのだけで悩んでも仕方ないんだよな…。まだ結論を出すまでに時間はあるのでしばらくいろいろ考えこんじゃうんだろうなあ。

ちなみに、過去に手術は開腹一回、ポリープ切除二回ほど経験があるのだが、何度やってもやはり楽しくはないし思い出して気持ちのいいものではない。しかし三度とも術後にほとんど痛みがなかった(痛み止めは一度も飲まず)せいで、終わったら見事に恐怖を忘れてしまっているのが私のいい点でもあり悪い点でもあったりする…。

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ハンドメイドが…

これからベビーを迎えようとする人が、スリング、スタイ、ベビードレスなどなどおしゃれなハンドメイドをしているなどという記事を見る事も多い。それだけの時間も余裕もあるというのが正直うらやましいと思ったりする。

私もそうしてみたかったが、本来の不精な性格と時間の管理がなってないのと、体力もないのが重なり、結果的にハンドメイドは…おむつのみじゃないか…。

しかし今日、全部のおむつが縫い終わり、明日水通ししたら準備完了。これだけでも出産前に全部完了できたのがうれしい。いつ出てきてももういいよ~、というところだ。

今日からは既に37週。小さな丸いすいかを抱えたおなかだったはずが、ふと見ると何となく縦長の瓜型になってきたような気がした。まあ気のせいだとは思うが…。

まだ少しだけ余裕がありそうなので、生地の裁断だけは終わっているスタイの作成などに入っていこうと思う。家にいる時間が長くなり、平日はどんどん家事を進めて早く終える事を覚えたので時間は思ったよりたっぷりある。仕事をしている時は全くなかったと言っていい余裕の時間。午前中多少散歩してもまだ時間が余る。それなら音楽など聴きながらハンドメイドもいいものだ。おそらくこんな時間を過ごせるのは一生のうちわずかな期間だろうと思うので、大事に過ごそうと思う。

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お風呂が…

出産後1ヶ月検診でOKが出るまでお風呂には入れないと言う。シャワーは許可されるが浴槽に入るのはダメなんだそうだ。冬のこの時期参ったなあと思うが、こればかりは仕方がない。

私は夫も呆れる長風呂人間。お風呂に入ったら確実に一時間は出てこない。体を洗ったり頭を洗ったりに時間がかかっているわけではない。実は浴槽に浸かったら最後30分は確実に半身浴をしている。

妊娠が判明してからも短いお風呂にする気は全くなく、切迫流産になってしまったものの産院から禁止されなかったのをいい事に半身浴は続けていた。中期、後期とそれはずっと続いた。

おなかが張ってもお風呂に浸かるとすごく軽くなるし、ちびの動きは良くなるし、私自身もふらふらするわけではなく気持ちがいいし。何より湯冷めしにくいしうまくいけば寒い時でも寝るときまで体が冷めない。風邪も心なしかひきにくいような気がする。

ちびが出てきたらとてもじゃないが一時間お風呂に入ってるなんて無理だろう。いくらちびとお風呂に入っていいとは言え泣かれたらもう終わりだし、ちびに風邪なんかひかせるわけにはいかないし。

しかしお風呂入っていいという許可が出たら夫にはこれだけは絶対やらせようと思っている。「週に一度か二度だけでいいから一時間一人でゆっくりお風呂に入る時間くれ!その間ちび見ててくれ。」と。その間はおむつ交換もミルク飲ませるのも全部夫にお任せ、そのくらいなら許されるだろう…。

なんて言っててちびとお風呂に入った際、私が少しでものんびりできるようにバケツ型のベビーバスまで用意している私。おなかの中にいた時の状態が維持できるため、お湯の量を間違ったりすればちびが溺れる心配もなく、目さえ離さなければちびが泣いたりしないという。うんちまみれのちびを漬けたりするのにも使えそうだからと思ったあたり、本当に母親としての自覚が皆無だなと呆れる私だった。

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おなかが張る~

臨月に入ったとたんに急におなかが張るようになった。

実は私はおなかの張りがあまりなかった方だったらしい。そのため逆におなかが張るというのがかなりになるまでどういうのかよくわからなかったのだ。

危険な張りというのも29週まではほとんど経験がなかったので、その時は本当にびびった。29週の時に職場で規則的な張りが初めて起きたのだが、そのまま放っておいたら陣痛になってしまった可能性もないとはいえなかったらしいと後になってわかりぎょっとした私だった。そんな簡単に陣痛になるものではないと甘く見ていたので、用心してよかったと今になって思う。

午前中はそれほどおなかが張らないし、ちびも「どかっ」「むにっ」と大暴れしているが、夜になると決まって張りがきつくなってくる。ちびの胎動も感じにくくなりおなかが軽く痛くなるくらいまで張ることもあるが、その後すっと軽くなるとちびがおなかを蹴ってくる。そんなのが繰り返されている。夜寝返りを打つとおなかが張って苦しい時もあるが、ふとしたはずみで軽くなる。張りは短かったり長かったり。痛みはたいした事はなく、せいぜい生理痛のごくごく軽い程度もしくは違和感があるな、ぐらいだけ。

しかも朝になると必ず張りはひき、おなかの中からちびがどかどか動いているのがわかる。

今週末はおむつをひたすら縫っていたのでブログの更新をすっぽかしていた。

布はとっくに用意してあり裁断までしてあったのだが、なぜか縫う段階で面倒になってほったらかしていた。さすがにいつまでもそういうわけにはいかないので急ピッチでおむつを縫った。洗ったら一度水通しして干す。あと10数枚縫えばもうおむつの準備はおしまい。友人がさらしおむつ18枚とドビー織りおむつ10枚をくれたおかげで、70枚近いおむつが用意できた事になる。さらに我が家にさらしが一反あるので、これでさらに縫えば100枚近い数がある事になり、たとえ一日20枚のおむつ交換をしても、仮に洗濯ができずためこんだとしても(そんな事はあり得ないが)余裕で何とかなる感じだ。

布オムツは環境にいいとかいう話も聞くが、枚数を必要とするのは事実だし、洗濯の必要もあるので本当に環境にいいのかどうかはわからない。かぶれにくいだのおむつがはずれるのが早いだのいう話もあるが実際のところはどうかと思う。布おむつの方が愛情があふれているなどとのたまう人もいるが、それはどうだか、とかえって思ってしまう。自然な育児方法などと言う意見もあるようだが、自然にって言うんだったらおむつしないでそれこそそのまま、ってのが自然だって事では?と私は思っていたりするので何とも…。当然そんな事はしないが…。

ただし初期費用としては確かに布おむつの方が多少紙おむつより安いみたいだ。紙おむつの相場を知らなかった私だが、スーパーで見たら1パック1000円は超える。おむつ布は14枚取れて1000円ちょっと。おそらく100枚あればおむつがとれるまで十分元が取れる計算になる(私の場合ズルしてて、いただきものやお店でまけてもらったものがあるので随分安上がりになってしまった…)。そういえば生理用品でもそうだった。布だと洗い替えも含めて初期費用がかなりかかるが、いったん使い始めるとボロボロになるまで追加購入はしないのと、洗濯を別にするなんて面倒な事はしないので、手軽に使えて結果的に長期に使用する事になり安上がりになっているのは事実だ。

コストだの環境だのの問題はさておいて、こういうのはある程度自己満足の世界になるな、と思う私だった。おむつを縫うことで、母親の自覚がほとんどない私にとっては育児にどっぷりつかってやろうという覚悟をするためのもの、ぐらいにとらえていたりする。ちなみに外出時まで布おむつ使うとは思っていないいい加減な私なのだった。(生理用品は旅行等でも三年位前から布だけで対応しているけど、それとこれとは話が別だ)。

おむつをちくちく縫っていると、おなかの中からどかどか蹴りが…。「あんたのおむつ縫ってるんだよ。」と声をかけるがわかってるんだかどうだか蹴りはどかどか。29週頃一度下がったちびだが、その後はそのまま下がらずにいるらしく、私のおなかは小さなすいかを抱えた状態。早産になるかもと言われたのによく頑張ったとちびをほめてあげたい。

予定日まであと21日あるのでまあいいのだが、このまま下がらないというのもあまりよろしくはないらしい。まさかおなかの方が居心地良くなったか?ちびに向かって「来週からはいつ産まれてもいいぞ~。」と声をかけている私だった。

今日の夜になってから今度はおなかだけでなくたまに腰も少しずつ張り始めるようになってきた。おなかの張りとは違いおもしろい事に背中から腰の後ろの方に向かって張りが来る。まだどうのこうのという状態ではなさそうなのでしばらくのんびりできそうだが、こうやって少しずつ出産に向けて準備が進んでいるんだな、というのが自覚できるようになって来たのがすごいかも。

年明けまでは産院スタッフからあまり動き回るなと言われていたが、内科的に問題がなく、ちびが元気なのでやっと無理のない程度に動いていいと言われるようになった。ただし「やり過ぎは厳禁!」と先生も助産師さんも必ず口を揃えて…私はそんなに危険人物に見えるのか、それとも危険人物そのものなのだろうか…。

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毎日のお昼ごはん

産休に入ってからしばらくの間は体もある程度自由に動いたので、近くのお店へランチを食べに行ったり、食べたかったものを食べたりしていた。

しかしそれも一ヶ月が過ぎると外食も飽きてきたし、お金ももったいない気がしてきて家で一人で食べるようになった。

ふと一人暮らしをしてた時の事を思い出した。10年位前の事だが残業が多い職場で、帰りが夜中近くなるのもたびたびだった頃、一合のごはんを炊いて三分の一ずつに分けて、一つはお茶碗に、二つはそれぞれ冷凍用のカップに入れて冷凍庫へ。そうやって食べていたなあ、と。味噌汁は味噌をとかずに具だくさんの豚汁にして、食べる分だけ取り分けて味噌を溶いていた。冷凍庫には納豆が常備されており、その日食べる分は朝のうちに冷蔵庫へ出しておく。あとは漬物とか佃煮とか。ホウレンソウとかをゆでて冷凍してある場合はおひたしに。毎日ごはんと納豆、小さな佃煮、漬物、青菜に豚汁、たまに見つかればみりん干しなどで食いつないでいたなあ…。疲れちゃってごはんの支度するのもやっとなのに、朝起きるのはいつもどおりだし…。朝はごはんとインスタントの味噌汁にお茶だけなんて感じだった。夜遅くに帰ってくるとこの程度食べるのでせいいっぱいだったのだ。

最近昼あまり食べ過ぎると昼寝してしまい、夜眠れなくなりその後がめちゃくちゃになるのと、そろそろ出産がせまり、ちびを下げるようにしないといけないので天気が良い日は散歩するようになった。朝早めに起きて床掃除(ワイパーだけ)。朝食を作って食べたら夫を送り出しながら洗濯、洗い物。そうすると8時半には家事が終わる。その後は目に付いたところの掃除や植物の水遣り、ごはんを炊いたりして昼の準備。商店街が開き始める10時頃を目途にお出かけし、お昼頃戻ってくるようにすれば夕方の買い物も散歩がてらできる。

体をしっかり動かすと不思議と甘いものを食べたいとか思わず、きちんとごはんを食べたいと思えるため昼食がきちんと摂れるようになった。そればかりか後期に入って便秘になっていたのが、歩き始めてからまた普段どおりに戻ってきた。おなかの張りはきついがちびは元気で動いているのがわかるようになってきたし、ひどく張ることは少なくなったかもしれない。

今は一人暮らし時代を思い出し、昼ごはんを同じように仕込んで食べている私だった。シンプルだがこれで十分。ただ食べる量、当時は少な過ぎたかも…体重が50キロ程度しかなかったのもうなずけたような気がする。当時の私にはこれで十分だったのだが…。今既にその時の体重から17キロも増になっているのが考えられない。ちなみに妊娠前の体重は当時に比べ8キロ以上増になっていた…10年でえらく太ったな、と思う。

現在これだけでは摂取カロリーが足りないらしいので、おやつは食べているがつとめて和菓子を食べるようにした。その方がさっぱりしていて夕食にも差し支えない。やはり年をとったのかなあ?とふと思った一瞬だった…。

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福袋

今年になるまで私は福袋なるものを購入した事はなかった。何が入っているかよくわからないのと、使いもしないものや趣味に合わないものが入っていても何だかな、と思ってしまう性格から買う勇気がなかったのだ。

年が明けてすぐ夫が近所のショッピングセンターへ買い物に行った。年明けから春までほぼ土日も毎日のように出勤するため、そろそろ冬の私服が何着かほしいと思ったと言う。実は夫はここのところ普段着ないのを理由に私服をほとんど買っていなかったのだ。なぜなら出勤すればスーツ、帰宅すればスウェット、出かける時だけ着る服を数枚持っていれば何の問題もなかったから、という。

夫は福袋を買って帰宅した。今まで自分が持っていなかったのと少しイメージの違う福袋があれば、と思って店員さんに聞いたら「これなんかどうです?」と言われて勧められたものを買ってきたという。開けてみたら今まで夫が着た事のないダウンジャケットが入っていた。夫はダウンがほしかったらしく喜んでいた。他の服もなかなか合わせやすいものが入っていて夫としては大当たりだった、とにっこり。

かく言う私は今年生まれて初めて福袋一つを購入。カバンの福袋なのだが中身が何か全部わかるもの。自分が一番ほしかった色、形、小物の組み合わせが入っておりこれだと絶対にはずれがない。今回はちょっと考えて今まで私が持った事のない趣味の色柄ものを選んだが、地味なので何にでも合わせられたのは正解だった。

ということでお互い新年の買い物は終わり。私も初の福袋体験に満足。これで私自身は私のために大きな買い物をするのは終わり。あとは復職後(いつだよっ?)のお楽しみにしておこうと思う。

などと書いててふと気がついた。自分のためとか言ってるがよく見ると自分がまんま使うと言うよりむしろちびが使うとか、ちびのためのものとして使うものの方が多いわ…まあいいか。ちびはしばらくはちび自身で何かを選ぶ事なんてできないし、ちびが自分で必要なもの買いに行けるわけないんだもんな…。ちびの子育ては一年限定で終わるわけではなくいっしょにいる間は当分続くんだから…。

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魔法のフライパン

何年も前まだ一人で暮らしていた頃だと思うのだが、フッ素加工のフライパンがいきなり焦げ付き始めダメになってしまうのが何回も続き、一度でいいから鉄製のフライパンなるものを使ってみようと思って探してみた。そして見つけたのが魔法のフライパン

当時注文して納期が半年かかると言われたが、三ヶ月くらいで我が家にフライパンは届いた。

ところが使ってみるとフッ素加工のフライパンより手間がかかるし、使い始めは料理を焦げつかせたりと思った以上に扱いが大変。焦げ付きが少なくなり、油がある程度なじむまでは見事に使うことができたが、その後はまたフッ素加工のフライパンに戻ってしまった。鉄製のフライパンはサラダ油を表面に塗り、錆びないようにと日頃から手入れはしていたが…。

一昨年末に新しい家に引っ越したところ、ガスこんろの火力が前の家よりかなり強くなっていた。そのせいなのか、寿命が来ていたのかわからないが、またも相次いでフッ素加工のフライパンが焦げ付くようになってしまった。フッ素加工のフライパンは消耗品という話もあり、処分した後は新しいのは買わず、また鉄製のフライパンを引っ張り出してきた。

表面についた油を洗って乾かし、加熱してから油を表面にならして使ってみたらこれが驚くほど使いやすい。前みたいに焦げ付くことはないし、手入れも最初の頃よりはるかにラクになっている。えええ?と思い何度も何度も使ってみたが、使えば使うほど使いやすくなっていて驚くばかり。こうなると焼いたり炒めたりの料理ががぜん楽しくなった。

餃子などフッ素加工のものを使っていたときよりはるかにパリッと焼けるし、チャーハンもべちょっとならない。炒め物も強火でが~っとやってみるとしゃきっと仕上がる。ホットケーキなど焼いても上手に焼けるし、一度油がなじめば弱火で炒めるものでもそんなに材料が焦げ付いたりしない。

洗う時は冷めてからたわしで遠慮なくゴシゴシで大丈夫。焦げ付きを落としたら乾かして油を表面に薄く塗るだけ。次回使うときは煙が出るまで加熱して油切りをしてから、新しい油をならしていけばいいし、思った以上に油の量もいらない。買うときは「えらいもん買っちゃった」と思ったが、あの時多少無理したとは言えいいものを買ってよかったと思う。

当時は1~2人用の小さなフライパンを購入したが、人数が増えるとわかっていたらもう少し大きいのを買っておいてもよかったなあ、と今になって思う。ちなみに注文して買おうとしたら、納期が二年半と書かれており驚いてしまった私だった…。

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今年の目標

ってほどの事でもないが「ムダ遣い禁止!」

今まで共働きなのをいい事にお金を随分遣っていたが、育児休業に入れば私の収入は大幅減になるのでそんな事はできない。今からでは遅過ぎるくらいだが、ムダ遣いを減らしていかないと大変な事になるぞ、私もそれは思う。幸い無収入になるわけではないのと、一昨年マンションを売った時に大きな損失を出したために税金がほとんどかからないため少しは助かったが…。

ということで大きな目標を立てて、それを実現する、というか反省するために立てた小さな目標が「家計簿をつける!」

私はどんぶり勘定タイプなのでこれは一番苦手な作業。それなのに職場では現金出納簿をつける役を二年近くもやる事になってしまった。おかげでだいぶ作業が得意になったのは事実。それを生かしてやってみようと思ったのだ。

ちなみに今までも何度か家計簿をつけているが、最長で3ヶ月間しかつけられた記憶がない。という事は1月からつけ始めて3月くらいまでが限界だったということ。今年は家にいる事もありそんな事にならないようにしてみたいのだが…。

今年の終わりに「家計簿をつけることが最後まで出来た!」と言えるようにしっかりやっていこう。

この記事を見た方、忘れた頃だとか、何かを買ったとかいう記事が出たら「ところで家計簿どうしました?」と突っ込んでいただいて構いません…。プレッシャーには弱いんです、私(どこまでも他力本願…)。

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あら

36週目に入り検診に行ってきた。もうこれからは一週間に一度のペースで検診だ。

ちびは前回の検診の時と大きさ的にはもうあまり変わりはなかった。私のおなかは確実に大きくなっていたので大幅な体重増を覚悟したが、実際はそんなに増えていなかった。ちびも30週前に一回下がったものの、それ以上下がった様子はなく、子宮口は開いておらずまだ出産する兆候は見えていないという。早産の可能性も回避されたようで、先生からはよかったね~、と言われた。内診の結果では39週から41週の間での出産になるのではないかとの先生の予想だった。

…と言う事はまだちびのための準備期間がしばらくあるという事だ。おむつも縫えるしスタイも縫えるかも。もしかしたらベビードレスも編めるか?(←絶対無理だと思う)

ほっとした顔をした私に先生は一言「だからと言っても入院準備はきちんとしておいてくださいね…。」よほど私が何もしないでにへら~っとしてるように見えたのだろうか…。一応入院バッグは既にきちんと用意してあるんだけどなあ…。

助産師さんに気になっている事をまたたくさん聞いてきた。先生が忙しいので待っている時間に助産師さんにあーだこーだと聞いてしまう事が多いのだが、これはこれで大変助かっている。

やはりあまり全てにおいて気張り過ぎない事が一番いいみたいだ。出産もそうだが、育児も完璧に、育児書どおりやろうとし過ぎる人が最近多いとベテラン助産師さんは言う。育児書のとおりできないで追い詰められてしまい産後苦しんでいるお母さんが年齢問わず随分多くなった気がするよ、と話していた。

特に母乳の事では、ノイローゼみたいになってしまう人もいるとか。私の行っている産院は母乳育児推進の立場を取る産院ではある。ただ現場の実際としては完全母乳でなければいけませんなんて事はない、出ないものは無理する必要はない、ミルクで育てたからといって愛情がないとかそんなんじゃない。ミルクを使うときは堂々とミルク使って構わないし、混合だっていい、人によって事情は多々あるのだからそんな細かい事にこだわる必要はない、と言っていた。私もできたら母乳で育てたいとは思っているが、何が理由かと言えば単にミルク代がかからなくて済むから、という事しかない。

私も初めてという事はあり育児書は随分揃えて読んでみたが「そんなの無理だよ…。」と思わずつぶやいてしまった事が何度も、いや、何十回もあった。あまりに私の考えとかけ離れている場合は参考にしない事としたが、それでもやはり気になる。ある意味育児書は教科書であり、究極の理想論と思うくらいの方がいいのかもしれないな、と思えるようになったのはつい最近になってからだ。

たとえば、泣いたらすぐに世話をする、ほったらかしにしないって育児書には…。しかし自分が食事をしている時に子供が泣いたら、自分の食事をすっぽかしてでも世話をする…そんな母親に私は性格的になれるわけがない。絶対自分を優先するのが私なので、「はいはい待っててね~。」と言いながら泣いてるまま自分を優先して食事するか、抱っこしながら食事を続けるだろう。非難されるのは承知だが泣かせない育児なんて最初からできるはずないじゃん、そう思っていたりする。

要するに育児で悩む部分って母親がどこにこだわるか、ってところにあるのではないかと思ってしまった。極端な話、命に関わるような事だけ無頓着にならないようにすれば、あとはどうにかなるくらいの気持ちでいてもいいのかもしれない。

しかしこういう私みたいな適当なのが母親になると間違いなく周囲からは「変な人」と見られてしまうんだろうな、そんな気がした。

ただ実際に出てきたちびと向き合っていった時、私はどういう対応をしていくのだろうか。この時思っていた事はその通りと思うか、そうではなかったと実感するか、認識が甘かったと思うか、それは実際なってみないとわからない。一年前にこんな事を考えていたのか、と振り返った時いろんな事を感じられるような母親になれたらいいなと思う。

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まだ治ってないの~?><

ついに出産予定日まで一ヶ月を切った。

今週だとまだ医学的には早産となってしまうそうだが、来週はもう正産期だという。ここまで育った以上頼むから出産方法なんか何でもいい、とにかく無事産まれてくれ~、私も頑張るから!と本気でそう思う。

さて、7ヶ月頃からつわりが全くなくなったと思っていたのだが、味覚障害というよりこれは何だ、まだ不快な感覚が残ったままだったのが判明した。

それは何と洋生菓子と言われるものにだけ残ったのだ。私は生クリームたっぷりのケーキとか大好き。おなかがすいていればケーキだけ食べろと言われても大丈夫なタイプだったのだ。職場で連れて行ってもらったデザートバイキングでこってり系のケーキをたくさん持って来て食べてて「よくそんなにこってりしたのばかり食うなあ…。」と呆れられた事もある。

ところが最近、問題なく食べられるものと、食べられはするものの後から不快感があるものとが両極端に分かれるようになってしまった。以前はどんなお店のものであってもこんな事なかったはずなのに…。

どうやらある一定の甘さになると、食べはしても体が拒否反応を起こすらしく、食べた後で「うわ…。」となってしまうようになったのだ。しかも生クリーム系のケーキに特にすごい反応が出るようになり、食べるのが怖くなってしまい最近は避けて通るようにしている…。焼き菓子系だと大丈夫なのに…。

和菓子でも同じだろうと思ってやってみたが、和菓子では全く反応が出ない。黒蜜たっぷりのあんみつなど食べても拒否反応がない。果物の甘いのだとか、いちごにコンデンスミルクたっぷりかけても何の反応もない。単純なプリンやゼリーなどでは反応が出ないが、ここに生クリームがトッピングされていたりすると途端に反応が出たり…。

これ乳製品アレルギーか?と思ったので牛乳を飲んでみたが、全く問題なし。ヨーグルトもチーズも試しに食べてみたが反応なし。

何でこうなるんだろう…。出産前に思いっきりケーキ食べてやろうと思っていたが、食べられたのはつわり明けのほんのわずかな時期だけだったようだ。拒否反応が出るようになってしまうと食べたくても食べられないからもう仕方ないな、と最近やっと諦めがつくようになってきた。これ、出産後治ったら逆にきついな~。

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ガーゼとおむつの館

36週の検診、さすがに今日が病院始まりの日であり、えらく混んでいるという。午後の予約も多いというし、すっかり出鼻をくじかれた。ちびの胎動はそんなに激しくはないがしっかり感じられるのと、おなかの張り以外に前兆現象があまりないため家事を終えてすぐおむつ作りを始めてしまった。

普段不精な私がこれから産まれてくるであろうちびに使うかもしれない布おむつを縫っていたりする。切って縫って(しかも直線とまつり縫い)、輪おむつにするだけなため一枚縫うのにそれほど時間はかからないが、集中力がないのでおむつばかり縫ってるのが無理なのだ。

とにかく大量にないとどうなるかわからない。用意する枚数はとりあえず49枚。10メートルのドビー織りの布から7枚取れる。オーガニックコットンのが5反あってそれが35枚。近所の商店街でガーゼなどを買った時ドビー織りの反物を見つけていっしょに買おうとしたら、商店街のおばさんに何だか知らないが驚かれてしまいこの反物分は何とタダに…。この反物からおむつが14枚取れるので全部合わせて49枚。これだけあればどうにかなるのでは?と思うがまだ甘いかな…。

いい加減な私は布おむつだけでどうにかしようとは思っておらず、外出だの夜だの自分が手抜きしたいと思ったら必要に応じて紙おむつも使い分けちゃうぞ派。ただ紙おむつはサイズの事もあるので、今はまだ買っていない。産院も退院まで布おむつでの対応になるというので、どんな調子か試してみてからでも遅くはないし、何せ紙おむつ用のゴミ箱(何かにおわないとか便利なのがあるそうだが)すら持っていない。

実は友人から未使用の布おむつ(多分股おむつだと思うが)まで届いており、産まれて本当に使うようになれば本物のおむつの館になってしまうなあ…今日は用意した布全部裁断まで行い、完成品は10枚ほど縫えたが、はてさて出産に間に合うかどうか…微妙だ。あと40枚近くも縫えるのかい…。

我が家にはちまちま集めたガーゼも大量にあり、水通しをしているうちにいつのまにかベビー用品がガーゼとおむつだらけになってしまった。これじゃガーゼとオムツの館じゃないか…。

大量にあって困る事はないだろうが、ベビー服や肌着以上におむつとガーゼだらけってのはどうなんだろう…。ちなみにベビー服も肌着もこだわりはなく量販で単価の安いものばかり、しかも最低限しか用意してない。あまり大きく産まれて来られたらすぐ着られなくなるし…足りなくなったらどうにかなるさ、でいこうと思う。

ちなみにスタイ(どうしてもよだれかけって言ってしまう…)がまだ一枚しか作れてない。布はもう裁断済みなのだが…無理ならどうせ長い事使うので、産まれてからしばらくしたら合間みて作ろう…ははは。

おまけ

友人から譲っていただいたものを調べてみたら、ドビー織りの輪おむつが20枚近くだった。万が一縫い終わる前に出産しても、我が家には布おむつが70枚近くある事になる。しかも友人はおむつカバーも大小とりあわせて送ってきてくれていた。これでしばらくは布おむつには困りそうになかった…。オムツは小さな段ボール箱に一箱分。実家の親の話では実家にさらしのおむつがまだ残っているとか…まさかもう使えないとは思うが…。まさにおむつとガーゼの館だわ、こりゃ…。

さらにおまけ(ここは翌日追加)

いったん洗濯しといてね、と言う友人からの言葉もあり、翌朝洗濯しようとおむつを広げていたら、ドビー織りの輪おむつの中からさらしの輪おむつがさらに20枚ほど出てきた。えええ!こんなにあるんだったらよほどの事がない限りとりあえず紙おむつ大量に買う必要はないな…。あるものを適当に使ってみようと思った。朝からベランダにおむつがずらっと並んでいる光景ってすごいもんだわ…。

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産科医療補償制度???

年末最後の検診の時、産院である紙にサインをした。

今年の1月以降出産の人に適用されると言う「産科医療補償制度」の登録証だ。産院の窓口ではどういうものなのか簡単な説明はあったが、私はそれだけでは何だかよくわからなかった。そのままサインをするのがイヤで、わからなくてもともとでリーフレットを見せてもらったのだが…。

何だこれは…制度の趣旨はわかったが、約款等見ると「え?」という気がしたのは私だけなんだろうか…。この約款免責事項だらけじゃないか…。

産科がらみの訴訟が起こって、産科医になる人が減り、産科がなくなり出産する場所がなくなり、妊産婦が大変な思いをしているという悪循環…それを本当に断ち切る気でこの制度作ったのか?と思ってしまう内容だ。これが本当に産科医不足を解消するきっかけになるのか?産科がらみの訴訟を減らすきっかけになるのか?私は思わず考え込んでしまった。

登録を保留したいと申し出した。しかしいつも良くしてくれる受付の人が対応に困り果てている姿を見て、どうのこうの言ったところでしょうもないので仕方なくサインをしてきた私だったが、どうも釈然としない。費用が30,500円、出産手当金が30,000円加算されるので妊婦の負担は実質500円。

500円、この程度のお金を出し惜しむつもりはないが、本当にこれが有効な制度として働くのか?そう思いながら帰途に着いた私だった。

帰宅後夫にこのリーフレットを見せて感想を聞くと、私と似たような事を感じたようなので私だけがそう思ったんじゃないんだな、と少しだけ安心した。もし産科の現場で働く人でこの制度をよく知っているという方がいらしたら、私の解釈の間違い等も含めていろいろ教えていただけると幸いです。

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おみくじ

今年は初詣すらしなかった私。初詣の際には神社でおみくじをひいたりするが、おみくじを引いても大吉が出た事は今までの一生で一度しかない。

その大吉は高校の卒業旅行で奈良に出かけた時ひいたもの。今も現物はどこかにしまってあるはずだが、神社の人もびっくりする内容のおみくじで、大吉の中でも最高のものだとか。滅多に出るもんじゃないと聞いてしばらく持ち歩いていたのだが、その後大事にしまいこんでしまった…出てこなかったら意味ないんだが…。

それまでおみくじなるものはひいた事がなかった。なぜなら高校の修学旅行の時、おみくじであり得ない体験をしたからだ。

2年生の頃京都・奈良へ修学旅行に行った。当然ながらグループ行動という事で、当時14人だったクラスの女子は7人ずつの2班に分かれ、京都を回っていた。私はその日1つの班の班長になってしまっていた(班長はその日ごとに交替することになっていた)。

北野天満宮に行き、来年の受験に備えて合格祈願をしたいという要望が一部班員からあり、北野天満宮を散策コースに入れていた私たちの班。ここで友人Ⅰがおみくじをひくと言い出し、それに友人K、Sが同調したため、私も含め残り4人はいっしょに天満宮の中を歩き回っていた。

そのうち友人Ⅰが不機嫌な顔をして戻ってきた。どうしたのか聞くと「ひいたおみくじが凶だってさ…。」とむっつり。おみくじをひかなかった4人で大爆笑。「日頃の行いが悪いからだろ?」「まあそういう事もあるさ。気にしなさんな。たかがおみくじじゃないか~。」とお気楽に話していた。

その後友人KとSがまた無言で戻ってきた。やはり機嫌が悪そう。友人Ⅰと残り4人で「何機嫌悪そうに…。」友人KとSが見せたおみくじには「凶」の字が…一瞬5人とも言葉を失った。

「…って事はさ、3人連続で凶が出たって事だよね…。」「おいおい、何それ?最初は笑ってたけど、これ笑い事じゃないんじゃないの?」「まさか、偶然だろうけどねえ…。」さすがにおみくじを引かなかった4人ともフォローの言葉しかなく…最初に大爆笑された友人Ⅰは「お前ら覚えてろ!」と激怒していた。結局悪い結果のおみくじは結んでいくといいとかいう話を聞き、3人はおみくじを結んで残していった。当然残りの4人はおみくじを引かなかったのは言うまでもない。

ここまでなら笑い話で済んだのだが、問題はその後だった。

どうせここまで来たなら受験も無理だし、入れるわけがない大学でもあるので京都大学でも見に行こう、と無責任な事を言い出す者が出て、散策のノルマをとっくに終わっていた私たちは京都大学までバスで出かけていった。実際には校門をくぐり(しかもあれは裏だったと思うが)、中をちょっとだけ見て帰ってきただけだったのだが。

そして宿に帰ろうと帰りのバスに乗ったところ、友人Ⅰが何やら慌てている。どうしたのか聞くと「財布がない…。」「えええっ!?」6人とも驚くしかなかった。

「おいおい、どこまで財布持ってたか記憶ある?」「おみくじ引いた後バス乗ってるはずだからそこまでは持ってたはず…。」「だとしたら大学構内か?」「いや、バス二回乗ってると思うけど、どっちも乗った時は確か班長が活動費から払ってるよね。」「あ、そうだ。私が払ったよ。」「って事はもう天満宮出た時落としてたんじゃ…。」「とにかくまだ時間があるから来た道戻ろう。」と班全体はパニックに。

友人Ⅰは一言「凶のおみくじってこういう事だったんかい…。」と不機嫌になってしまった。さすがにこの時は6人とも言葉が出ず…一応班長だったのもあり、副班長とともに宿についてすぐバス会社に電話連絡し、行った場所にも電話で確認したが財布の落とし物は出ずだった…。その財布に友人Ⅰの全財産が入っていなかった事だけが救いだったとしか言いようがなかった。

災難はその翌日も続いた。宿から三十三間堂が近いと聞いて、朝一番で歩いて出かけて行ったのだった。この日は班長からはずれお気楽な立場の私、クラスメイトに似た仏像を見て友人と大笑いして楽しんでいた。

三十三間堂を出てしばらくしてから、昨日おみくじをひかなかった友人のうち一人と「ここ拝観料無料だったね。」と話していたところ、友人Kが「え??拝観料あったよ…。」

ちょっと待てよ!と思い友人Kに聞いたところ、友人SとⅠはきちんと拝観料を払っていた。残り4人は拝観料を取られていなかったのがわかり呆然…。偶然にも拝観料を払ったのは昨日おみくじをひいた3人…。

「え~何でそうなったんだよ!」と3人は怒った。私たち4人も「何で?」とわけがわからず唖然。後で考えると先に入った4人の身長はやや低め、行動も3人に比べたら落ち着きがない。ただその中で一番大きい私でも身長は160センチあった。拝観料を払った3人は私より5センチ以上身長が高かったとは言え、そうだとすると拝観料を取る人が私たち4人を見落としたか、中学生以下と勘違いしたかとしか思えない。

「160センチある人間を見落とすか、普通?あり得ない。言動見てて小学生と勘違いしたんだ。」と友人Ⅰは言う。「んなバカな。同じ制服着てて小学生と勘違いされるわけがない。」と一番身長が低い友人Tは怒った。「拝観しながらどんぐりころころ歌ってたじゃん。」「迷惑になる場所では歌ってない!」「奈良で鹿せんべい食ってたくせに。」「あんただってたこ焼きほうばってたでしょ?」と友人同士の言い合いはだんだんエスカレート。「じゃ今から戻って拝観料払いに行ってこよう。」と私が言うと「時間考えろっ!そんなの無理だってば!!」と友人Sが言うので4人とも戻るのはやめてしまった…。

そしてその後もなぜか凶のおみくじをひいた3人にとってはことごとくいろいろな事が起こり、班内では4対3で言い争いが頻発したのは言うまでもない。おかげでこの修学旅行で奈良、京都の何を見たのかあまりはっきりとした記憶がない…。その後大人になって何度か京都へ行く事があり、やっと京都を楽しむという事の意味がわかってきたのである。

たかがおみくじだが、おそろしいものだと私は思うようになり、大吉をひいた後は最近までしばらくおみくじをひけないままの私だった…。

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ほお

三が日の体調はまずまずとなって、のんびり過ごせそうな感じだ。相変わらずお雑煮を食べ、餅を食べおなかいっぱいに過ごしている。昨日の夜なんてスーパーで肉が半額だったのをいい事にすき焼き食べてたんだから、連休明けの検診での体重オーバーはおそらく…考えるのも怖い…。ちびが大きくなり過ぎてたら帝王切開一直線の可能性もないとは言えないな…とふと思ってしまった。ちなみに手術は三度ばかり経験があるし、切腹開腹も一度はしているので要領は多少わかっているのだが、今回は手術する病院が違い、さらには子供といった大きなものを取り出した経験はないので何とも言えないところ。

おなかの張り方は変わってきた。今まではおなか全体が膨張、その後収縮する感じだったが、昨日あたりから体の縦方向、つまり上下方向に向かっての膨張、収縮が感じられるようになった。さらに意識してないうちに体型が微妙に変わり、おなかと腰が前後に出っ張った体型になっていたのだ。何だかおなかと腰が斜めの筒型になったような気がする。胎動をよく感じる位置はへそ周りが中心になった。

そんな中で夫からちびの名前を考えているかどうか話があった。夫は最近まで名前を全く考えている様子はなく、自分の名前の後にジュニアってつけるだとか、丑年生まれだからウシオくんだとか、この日に産まれたら先輩と同じ名前つけちゃおうかだとか、そんな事ばかり言っていた。しかし、気がついたらいつの間にかいくつか候補を選んでいたようだ。

かく言う私は名付け事典を最初に古本屋で買ってきたが、あまりにすごい名前ばかり載っているのと、名付けの由来みたいなのを読んでいるうちすっかり名前を考える気を失った。どうも私はおなかのちびに対して親バカにはなれない性格らしい。こんなんで本当に大丈夫なのかと一時期すっかり親になる自信まで失ってしまった…。

その後11月に三男が産まれた同僚から男の子用の名付け事典を譲ってもらい、それを見ているうち多少冷静になれた。どの本を見ても我が家の苗字は画数的にはあまりよろしくない。なので名前を考える上でもう画数についてそれほど神経質になる必要がなくなった。そんな中でいくつか候補が見つかり、このあたりかな?と思っていた名前があった。比較的最近よく使われているような名前にはなってしまうが、この漢字使いたい、こんなイメージの名前にしたい、それに当てはまるようなものが見つかった。

夫と話をしていたら、この漢字を使いたい、と思ったものが全く同じで、全く同じ名前がお互いの候補に挙がっていた事がわかった。考える事は似たようなものと笑うしかなかった。おそらくちびが男の子である場合、そのあたりで名前が決まるだろうと思う。

しかし…ちびが女の子である場合を全く想定していない私たち。最近の検診では性別がはっきりするどころか日に日にわからなくなっていく。4~5ヶ月の段階では足の間に何かが見えているように思ったのだが、最近はそれすらはっきりと見えない。ここまできて女の子だったら…もうお手上げだ…。

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母子手帳ケース

母親学級に行ったり、病院に行ったりすると必ずといっていいほど皆母子手帳ケースを出している。

私は母子手帳ケースを持っていない。正確には自分の診察券&貴重品入れとしては持っているものの、それが今母子手帳ケース兼用になっているのだ。こうなると何がなんだか今も既にわけがわからない。母子手帳がメインに入ってるのに自分の診察券や健康保険証、あげくに印鑑や免許証まで入っているのだからやりにくい事この上ない。

だからといって母子手帳ケースを探すと、何だかしっかりした作りのものは異様に値段がはったり、みんなが同じようなものを持っていたりと何だかなあ、なので買わぬままここまできてしまった。自分で作ろうかとも思ったが、不器用な上オムツやよだれかけ(←スタイと言え…)を縫うまでがやっとなのでもう無理とあきらめた。

ちびが生まれてくれば、母子手帳だけでなくちびの診察券、保険証、さらには医療証も必要になる。だんだんとちびのものが増えてくれば私のものと混ざってわけがわからなくなるのは目に見えている。ただでさえ整理が下手、片付けも苦手な私にとってはこれは避けたいパターン…。

そんな中で産休に入ってからネット徘徊をしているうち丈夫そうな母子手帳カバー&ケースを見つけた。母子手帳は6歳までは確実に使うので簡単に壊れてまた買いなおすなんてのはイヤだし、誰が見てもわかるように、さらに保管しやすいものでないと困る。それを全部まとめて聞いてくれそうな母子手帳カバー&ケース。お値段はそれなりにするが、一応三人目まではまとめて母子手帳ケースがカバーにに入れられるというしろもの。しかも母子手帳ケースだけで買う事も可能。カバーとケースの組み合わせで買えるので一個注文した。お正月明けに届くだろう。

値段がしても納得のいくものを長く大事に使う方が確かにいいもんね…。ちなみにママバッグは複数あるが(先輩から保育園預ける場合に、保育園用として持っていたほうが明らかによく一つでは足りないと言われてしまったので、小さめのをそうした)常用するのはう~んと昔に購入した大きなカバン。ママバッグとして売っていたわけではなかったと思うが旅行に行く時など、不思議な仕切りがあって荷物の整理がしやすくかなり重宝したもの。ふと見たらこの母子手帳カバーを作っている会社が製造したものだった。ひええ。こんなところで選ぶものが同じになるなんて!

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往路優勝おめでとう!

箱根駅伝の往路優勝が東洋大だったのを見てびっくりした私だった。とともにおめでとうという言葉が素直に出た今日だった。

私は東洋大出身ではないし、別に東洋大を特別に応援していたわけでもない。

ただ単に駅伝の解説者がやけに某大学を明らかにひいきした解説をしていたのが気に食わず、それ以外のところが優勝すればおもしろいと思っていただけだったりしたのだ。何で毎年この人が解説をするのかな、と私は例年不愉快に思っていたのだ。別に某大学に恨みがあるわけでもない。

だからと言って何でこんなに素直におめでとうと思ったのか。

よく考えてみたら確かに東洋大とは縁がないわけではなく、先輩や友人、後輩もそれなりの人数が通っていた。東洋大のキャンパスが埼玉にある事もあって多少は他の大学より親近感がもてたのは事実。よく考えたら20年以上前、高校卒業した後浪人ができない事情があり大学受験前に就職先が決まっていたのだが、就職先が二部の大学進学を認めてくれていたため、そうなったらお世話になる予定だったはずの大学だった…。結果的にまぐれでその後進学が決まり、申し訳ありませんという事になってしまったのだが…。

そんな事もあるから余計うれしかったのかもしれない。しかし、山登りよくもあんなスピードで走ったよな…本当にびっくりした。

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お雑煮

毎年作る段階になると「?」と思ってしまうので、ブログをメモ代わりにしておいておこうと思ったりした。ちなみに我が家のお雑煮は夫の実家のものとも少し違い、私の実家のものとも少し違う、何とも言えないみょーなお雑煮である。

まず前の日の晩に水を1リットル用意し、鍋に入れておく。その中にだし昆布10センチ角のもの2枚を入れておく。

鶏肉はなぜかささみを使う。酒を大さじ1~2、塩をひとつまみ振ってレンジで5分くらい蒸して、しっかり色が変わったら冷まして冷蔵庫へ入れておく。

翌朝鍋を火にかけ、沸騰するちょっと前に昆布を取り出す。沸騰したら鰹節を片手でひとつかみ豪快に鍋に入れ、火を止めて沈むまで待つ。

その間に野菜の下ごしらえ。ニンジンは3センチほどを皮をむき薄く半月切り。大根も5センチほど皮をむき薄くいちょう切り。小松菜は1株分ざくざくと一口大の大きさに切る。鶏肉は一口大の大きさに切る。好みでなるとを入れるが、これは薄切り。

鰹節が沈んだだし汁をこして、その中に野菜と肉などの具を入れる。その間にお餅を焼いておく。

具が煮えたら少しふたをしたまま蒸らし、だいこんが透明になったら醤油大さじ2、塩小さじ4/1を入れて味付け。これをお椀に盛って、焼いたお餅を乗せてお雑煮。すごい手抜きのお雑煮だが、これがここ数年我が家で作っているお雑煮である。

ちなみに私の実家のお雑煮は父の実家のもののアレンジだという。我が家で入れた具のほかにサトイモ、焼き豆腐、香り付けにゆずの皮が入っている野菜たっぷりなお雑煮。母の実家のお雑煮は私が作るものとかなり近いそうだが、餅とダイコンと小松菜しか入れないとか…。

夫の実家のお雑煮はシンプルだが、確かキノコが入っていたと思う。基本的には我が家のより色の薄いおすましで、シメジが入っていた記憶がある。お互い関東が出身なので餅は四角い切り餅、汁はだしベースのおすまし系というのが共通しているのだ。

全国のお雑煮を見ると餅、味、具ともにいろいろあっておもしろい。以前にお好み焼き談義がこのブログでもあったが、もしうちはこんなお雑煮、ってのがあったら教えていただけたらうれしいなと思う。

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寝正月…

新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

31日、1日と更新を休んだが、今年は今日から更新…。大晦日、お正月だからとのんびりしていたわけでなく、身体的な問題で更新ができなかっただけだったりする。それはおめでたい話でも何でもない。食事時読んだらあまりよろしくない。

なのでこの後はスルーしていただいた方が…。

31日の夜からおかしな腹痛が始まった。おなかの収縮痛だ。そして信じられない事態が起こってしまった。水を飲むと水といっしょに腸の中のものが全て出てしまう。上から浣腸なんて話は私も聞いた事がない。医者もどこもやってないし、このまま状態が悪くなったら目も当てられない。可能性としては感染性胃腸炎だと思ったが、以前かかったときと違うのは吐き気がしたり痛みがあったりというのがない。

おなかはかなりきつく張っており、ちびの胎動が全く感じられない。腹痛は明らかに腸の部分だけではない収縮痛。何だこれは?と思っていたら怖ろしい事が育児書に…「人によっては出産前に体の中のものを出す場合が…。」おい、ちょっと待った!いくら何でも今日は勘弁してくれ~。

夜から食べるのをやめ、年賀状を書いてから寝てしまった。これで腹痛がひどくなるようならもう覚悟しようと思った。

朝起きたら腹痛はもうなかった。1日は夫に消化のいい食べ物を買ってきてもらい、お餅をよくかんで食べ、おやつに消化のいいものを食べ、とにかく寝正月を決め込んだ。夫はサッカーを見に行ったのでちょうどいいと昼も食べず。脱水だけは怖いので水分はとるようにしていた。

やれこれは本当の寝正月だ。随分前に元旦におせちを食べ過ぎ、二日三日と腹痛で寝込んでしまった事は数度(そんなに何回も食べ過ぎるな!)あったが、今回は初めて元日に寝込んだなあ、と思った。

夜になったらだいぶ元気になってきたので、お雑煮を作って食べたのだった。でもこの日作ったお雑煮は何だかあまりおいしいと思えなかった。味がトゲトゲしていたような気がする。食べるのが怖い時は作るのもいい加減になるので、何だかなあと思いながら食べた。この日もたびたび収縮を伴う腹痛があり、おいおいおい、このままこれが続いたらどうなるんだよ…と思いながらいた。

2日の朝になったらちびはどかどか動いていた。あ、生きてるわ。おなかもあまり食べずにいたせいか張りがひいてきた。動くのもラクになってきた。「いくら何でも食べ過ぎだよ!」とちびが私に忠告しているんだろうな、そう思って食べる量を控える事にした。ただ何となくちびがまた下に降りたような気がしなくはないが…。

お雑煮も野菜などの具をたっぷりめにし、出汁をとったあと具をそのまま煮てから味を調えるようにし、作り方を少し変えて味を薄めにつけた。餅もしっかり焼いてからお雑煮へポン。おかげかどうか知らんが今日は私もちびも一応は元気だ。おなかの調子もすっかり治っているから驚きだ。

いったいあれは何だったのだろう…。それにしても元日から本当に寝正月になるなんて思ってもいなかった。カロリーオーバーには注意だなあ…。

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