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2008年12月

ありがとうございました!

今年もあと一日とわずかになった。

飽きっぽい私がここまでブログを続けられるとは思ってもいなかった。今年は思わぬ出来事があり、それまではお気楽に、分野もめちゃくちゃに書いていたはずが気づいたら随分分野に偏りが出てしまっていた。人が読むことを前提に書いてなかった気がするのだが、それでもこちらに足を運んできていただいた皆様、本当にありがとうございました。

ブログを通じて今年もいろいろな出会いがあり、実際にお会いした方もいらしたり、貴重なものを分けていただいたり、そんな事もあった一年だった。コメントに勇気付けられた事もあるし…。

来年はどういう状況になるか想像もつかないばかりか、更新すらままならない状況が続いたり、他の方のブログへ遊びに行くのがごぶさたになってしまったりするかもしれないが、今後も何かの記録として細々とは続けていければいいなと思っている。

この場をお借りして今年もいろいろコメントをいただいたりした皆様にあらためてありがとうございました、とお礼申し上げます。そして、また来年もよろしくお願いいたします。それではよいお年を!

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年内大丈夫か?

昨日、家の中の片付けが何とか終わりほっとした夜のことだった。

横になってまもなく生理痛みたいなのが襲ってきた。しかも今回は腰痛を伴うもの。痛いのは実質的には1分かそこらだが、15分~20分間隔くらいでそれがきちんと来る。痛くなくなるとおなかの中でちびがバタバタ動いている。

そのうち腰痛がだんだん強くなり始め、おなかの痛みも強くなってきた。うわ、まさかと思いつつ横になって息を吐くことに専念してみた。これで痛みの間隔が短くなるようならまずい!そう思いながら夫に無理を言い腰をマッサージしてもらった。

マッサージしてもらうと腰の痛みが弱くなる。そのおかげで痛みが軽くなり、何とか眠りにはつけた。翌朝起きるとおなかの痛みはもうない。あ、よかった。

最近は夕方になるとどんどんおなかの張りがきつくなり、夜になると痛みが起きたりするようになってきた。おそらくこれから先も「ひええええ」というのは起こる可能性がある。私はもともと何かあるとすぐ混乱状態になりやすいので、おそらくちびが本番でそうならないように、私に覚悟するよう伝えてきてるんだろう、勝手にそう思うことにした。

昨日は母親学級で知り合った人が出産したとメールをくれた。高血圧症で入院になり、予定日前に強制的に出産だった(帝王切開ではなかった)そうだ。8人中4人が出産したことになり、今までは子供は全部女の子。4人とも初産だが出産はそれぞれみんな状況が違っている。どれがいいとかじゃなくて、結果的に母子ともに健康ならそれでいいので、不安にならないようにしようと思った私だった。

しかし…いざその日が近づいてくると平穏でいろと言う方が無理なようで、私も時折無意識のうちに不安を口にしていると夫は言う。確かにどんどんおなかが大きくなり、そんな事はないとわかっていても、おなかが破裂するんじゃないか、とか変な事を考えてしまう時がある。いかんなあ…。いざとなると突然開き直れる度胸はあるようだが、それまでが長い私にとって今回は不安も混じった年末年始になりそうだ。

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おかげさまです…

産休に入って一番気にしていた事が今日やっと終わった。

昨年の引越し前に不要な物をきちんと整理してこなかったために、居室の一部屋が荷物置き場と化してしまっていたのだ。徐々に整理していこうと思っているうち、妊娠が判明し、切迫流産で休んでいた頃来てくれていた母が「片付けておくね」と言っていたが、ただ荷物を適当に箱に詰めて、重さも何もなく積み重ねただけだったのでさらに手のつけようがなくなってしまっていたのだ。

これはいくら何でもまずいと思いあふれていた本をとにかく本棚へ納めるべく処分。夫と夫の父や弟の協力も得て処分対象の本は全部売りに行く事ができた。これで本は本棚へ全て収まっていった。

台所や洗面所は夫が主導で同じようにどんどん古いものを処分し、使いやすいようにしていったので今はすっきりしている。一度こうしてしまうと逆にあるものが見えるので混乱しないで済んでいる。おかげで家事全体が驚くほど速くなり、特に調理の時間が目に見えて速くなったのにはびっくり仰天。

後は積み重ねた箱を下ろして、一つずつ中身を見ながら整理していった。夫が箱をおろしてくれて、私が昼間箱の中を見る。そのうち私自身も箱を下ろして処分したりしていくうち、思った以上にペースは早まったが、中身がごちゃついたり散乱したりして泣きたくなった時もあり、このあたりからは蝸牛の歩みだった。

勢いをつけるにはどうしたらいいか考えているうち、クローゼットに入れた服の箱などからきれいにしていってはどうかと夫から提案。限られた場所なので片付けば早いよ、と。しかしここにも箱が山積みに詰められており私も絶句…。

とにかくひたすら箱を引っ張り出してもう着ない衣服を大処分。母が私の家に持ってきてしまっていた洋服も大量にあったりした。母は自分が持っている服を着なくなると、自分で捨てることが出来ず、処分するのがイヤで私の家にどんどん持ってきてしまうのだ。母がいる時処分しようとすると「まだ着られるのにどうして捨てるの?」と言い片付けが進まなかった事がある。出産後母が来る事があると思うが、その前にどうやっても私も着ない服は黙って処分したかったので必死で作業をした。私の服も古いもの、デザイン等見て着ないものは思い切って処分した。そのうち外に出てる箱も整理しはじめたのでだんだん作業ははかどっていった。途中で前駆陣痛が起きたりはしたものの服も収まるべきところへは収まっていった。

大量に古い衣服を資源ごみとして出した翌朝、実家の父母が来た。大量に資源ごみを出した人がいてすごいね、と母が話しているのを聞いてぎくっとしたものの黙っていた。後で父にこっそり事実を話すと「何だ、そんな事があったのか。だったら俺からも不用品を持って行くな!と言っておくよ。」との事。

あとは私がためてしまったガラクタ。細々としたものから趣味のものまでいろいろ。そんなものを実家へ戻すとかそういうつもりはないので、もう使わぬものは過去の思い出とかいろいろあっても夫からのアドバイスをもとに思い切って処分した。使うものは種類ごとに分類し箱に入れて大棚へきれいにわかるように整理。出す時もこれなら困らない。

実家を出る時部屋にあった私の私物は全部持たされてしまったのでもう実家に私物はない。そこは安心だが、私の部屋は今は母の荷物置き場で足の踏み場もないので、これで出産後里帰りなんてできるわけがない。居場所がないんだから…。

ここまでしてもまだ私の荷物は多いなというのが私の実感。産休、育休の間は収入もないので、手持ちの服も小物も買わずにどんどん使い倒していこうと思う。使い倒して処分していくには十分な量がある。

ってな事で大晦日を目前に片付けは何とかなった。細かい点をあげたらきりがないが、どうにもならない状況から脱したのがうれしい。何だかんだ言いながらも全面的に協力してくれた夫には感謝感謝だ。私がやった事なので自業自得なのに、本当にありがたいと思う。子供の用品を置く場所もできたし、ひと安心だ。

あとは子供が小学生になる頃を見据えて私物減らして、一部屋空けるぐらいまでにしていかなくちゃだ。

かたづけが終わったからと言ってこれからだらだらしてても仕方ないので、少しずつベランダの整理だとかハンドメイドをしたりとかしながらのんびり年末年始を家で過ごしていこうと思う。出産したら当分は出来ない事もあるので、今のうちに楽しめる順番を考えながらやっていこう。

これでやっと明日から年賀状印刷にとりかかれるな…。年賀状は今年は元旦どこにも行かないのをいい事に新年のご挨拶という事で元旦にまとめて書くことにした。印刷だけ早めにやっておこうかな。

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ありゃま…

ここ数年有馬記念は夫と中山競馬場まで見に行っていた。私が大好きだったゼンノロブロイが4歳で有馬記念を勝った時はその姿を現地で見ることができた。あのレースのレコードはその後も破られておらず、ロブロイがとっくに引退した今も新聞には名前が記載されている。

夫はもう10数年来同じ友人といっしょに有馬記念を見に行っており、今年も出かけていった。私は状況が状況だけに家でお留守番。テレビの前でレースを見ていた。

有馬記念のファンファーレにおなかのちびが反応し、音楽に合わせて動いていたが、暴れてるのに等しいドカドカにこちらが「げっ!」あのね、おなか痛いんですけど…。

見てたら牝馬のダイワスカーレットが最初から最後までレースを引っ張って勝ってしまったのだった。今年秋の天皇賞でウオッカと歴史に残る牝馬対決をし、惜しくも鼻差で二着になった馬。

何なんだこの馬は。明らかに能力が違う。強過ぎる。ウオッカも強い馬。下手な牡馬ではとてもかなう相手じゃないが、ダイワスカーレットも普通じゃない。

どっちも30数年ぶりに牝馬で大きなレースを制した馬。ウオッカは3歳でダービーを、ダイワスカーレットは4歳で有馬を…この二頭がまた同じレースを走る事も来年はあるだろう。二頭ともいい馬なので、ケガなどないよう競走馬としていいレースを見せてほしいものだと思う。

しかし…牡馬の出るところがないな、これじゃ…。

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大事なものだと思うけど…

実際に遊んだりする場面となると避けられちゃうのかな?と思ったのがこれ。

Photo 我が家のトイレの飾り物だが、これは近所のショッピングセンターで安売りされていた人形のセット。なぜかこのトイレがらみのセットだけが半額近い値段で安売りされており、しかも大量に売れ残っていた。2セットあるのだが、トイレ家具と人形のセットに、おまると人形のセットだ。

私はトイレの住人である時間が比較的長いので(別に用足しに時間がかかるわけではないが、中でくつろいでしまい本を読んだりしてしまうタイプ…)お風呂同様トイレ空間も嫌いではないし、なかったら大変困る空間である。

しかし、ままごとなどをしていても人形のセットにトイレってついてこない。バラで家具のセットを買う場合もわざわざトイレを買う事はないのかもしれない。私の実家にもこのシリーズが飾ってあるが、キッチンや居間、家具のセットはあっても、確かトイレセットはなかったと思う。お風呂のセットはあったような気がするのだが…。

お風呂はある程度快適に過ごせる空間にしてあるが、これからはトイレもそういう空間にしていきたいものだと最近はふと思う。

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氷点下だってえ???

ふと天気予報を見ていたら、明日の最低気温が氷点下となっていた。

慌てて今年の秋に植えたテコフィレアの球根の鉢3つを、宅配便の段ボール箱に入れて我が家の北側にある暖房のない部屋へ持っていった私だった。せっかく4つの芽が出ているのだから、ここで凍結させて枯死させるわけにはいかないので…。

我が家のベランダの植物達はここ数年冬場は水遣りを極力控えて育てている。一週間に一回程度しか水をやらないので土はカラカラ。夏も毎日水なんてやらないで育てている横着者だが、そうやって育てていると大半は驚くほど丈夫になり、しばらく留守にしたくらいじゃ枯れたりなどしない。気のせいか球根も腐らなくなり、ハーブは香りが強くなった。山野草たちも枯れずに増える。(ところがこれじゃいかんと手をかけ始めると何でもいろいろ枯れるんだこれが…なぜだ?)

水を控えて育てているため凍結はしづらいとは思うが、乾燥してフリーズドライでは目も当てられない…。

テコフィレアも当然水はある程度切れており、土はカラカラだ。ダンボールに入れても水がもれる事はないのでとりあえず安心。朝太陽が上がったら定位置に持っていき、夜になったら室内へ。これをしばらく繰り返さないといけないかもだ。

ところが私はこれから出産を控えている。入院していない間これをしなかったらせっかく育てたテコフィレアは枯れてしまう可能性も。夫はベランダで植物を育てるのはどちらかというと反対、ということは世話は簡単には頼めない。さてどうしたものか、と考えているところだ。

友人宅では取り込むのが面倒だと、夜間は凍結させてはいけない鉢をトロ箱やダンボールに入れてふたをして外に置いたままだった。朝になったら箱から出していた。う~ん、これでも箱入れを頼まなければならないよな…。

実家のベランダで植物を育てていた頃、父がふざけてベランダにビニールを張ったことがあった。ビニールをベランダにガムテープで取り付けただけの本当に簡単なものだったが、雪が降ろうがその中は凍結しなかったのを記憶している。そして冬に枯れるはずのものが枯れずに済んだのも記憶している。

もしかしてこれだけでも凍結は防げるか?そうすれば鉢を動かさずに済むか?

まだ少し時間がありそうなので知恵を絞ってみようと思う。長い間あこがれ続けてせっかく手に入れた植物、簡単にダメにしたくないもんね…。

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今年最後の検診

運悪く検診が今週に当たってしまった。ただでさえ今週が連休で、来週が大連休でお医者さんもお休みなのに間が悪いなあ。ちなみに、次の検診は二週間後、これまた大連休の後だ。

こういう時にタイミングを誤ると大混雑にぶつかり、病院内の待合室で何時間も過ごすはめになる。昨日検診に行こうとして病院に電話すると「すごく混んでる…。」との事。だったら今日にしようと思い電話すると、最悪でも一時間待ちだという。ラッキーと言わんばかりにだだだっと行ってしまった私だった。

ただでさえ睡眠が三時間おきになり、昼間もたま~に異常に眠くなってしまう私。またも待合室で熟睡してしまい、寝ていて呼ばれたのにも気がつかず助産師さんにたたき起こされ、周囲の大爆笑をかってしまった…。首に巻いていったマフラーをたたんだら、枕に丁度最適な厚さですごく気持ちよかったのだが、それがまずかった…そのまますっかり安眠状態になってしまったのだった…。

超音波画像にはちびが元気にどかどかしているのが映っていた。「推定体重は3000グラム」と言われ目が点に!おいおい、34週で3000グラムって何?正確には2990グラムが推定体重だそうだが、それにしてもちびさん、キミは随分でかくないかい?頭の直径は9センチもあるそうだが、それで本当に自分で産まれて来れるのかい?すごいねえ…。ってか、これ以上でかくなったら私が大変だよ、多分。

昨日胎動が少なかったので「あり?」と思ったが、どうもまたもちびの位置が下がってきているようで、その影響で胎動が減ったように思えたのでは?との事。ちびが下がってはいるが子宮口は開いておらず、羊水の量も正常、あくまでもこれは自然の流れと判断されるので大丈夫だろうと。母体の出産への準備はやや早いものの順調みたいだ。ただし動き回るのは厳禁とまた言われた。

実は年末のこの時期、出血した、腹痛で苦しい、破水しちゃった、だののトラブルが増える時期でもあるとの事。理由を聞いてみるとだいたい大掃除をしたとか、買い出しに行った、遠出してしまった、そういうのが多いらしい。先生や助産師さんは高齢で、途中母体の状態が良いとはいえなかった私が休み休みでも最後まで仕事をしていた事自体びっくりしており(絶対産休前にダウンすると思ってたのだそうだ)、さらには後期になってどんどん母体の状態が改善されてきたことにも驚いたと…今回も血圧は低く、浮腫もなし、尿にも異常は出ず全く問題ないという。今後は今までむちゃしてきた分まで養生するよう言われてしまった。

先生も助産師さんも比較的余裕があるのと、二週間の間に大きな休みが入るとの事で今日は普段より念入りに状態を聞いたり話をしたりしてくれていた。というより気がついたら私の後にもう患者さんがあまりいなかったのもあるみたいだが…。今感じてるマイナートラブルから産後の話までいろいろ聞けて助かったし、二週間のお休みの間また余計な心配をしなくても良さそうだ。

マイナートラブルの多くは既に母体が出産準備を始めている証拠なのだそうだ。時々起こる生理痛みたいなのは陣痛の準備段階ということで間違いないと言う。体の奥で痛みを感じることもままあるが、それは子宮口がやわらかくなってきているため(開いているのではないという事で安心)。ただし異常があったら必ず電話するよう言われた。

産後の事でもいろいろ相談してみた。もし家事等手伝ってくれる人があるというのなら今回はそれに甘えた方がいいよ、と助産師さんも先生も言っていた。どうやら実母が来る気まんまんなので今回はそれに甘えてしまうしかないだろう。ただ、実の母親とは言え、家事のやり方、余計な事を言ったりやったりする事等で腹の立つこともかなりある。普通は義母との関係が…という話が多いはずなのだが。そんな中でずっと暮らしていると毎日大喧嘩になりかねないので里帰りはしない、と断言した私だった。自宅には家庭内野良猫も一匹おり、夫はいるとは言え一ヶ月も留守にしたら飼い主に捨てられたと思いかねないし…(実際手術でたった二日病院に預けただけでも猫はふてくされてた)。

そんな話をしていたら、年配の助産師さんが「あ、わかるわかる。それ実の親でもそう思うよね。私も同じだった。」と。ある意味グチみたいなものだが、話を聞いてもらえるだけでも本当にありがたい、と思った。今回のどうにもならない時期だけは、頼れる人には頼り、お願いすべきところはきちんとお願いして、専門家も巻き込んで育児をやってみた方が利口だな、と思った。今は一ヶ月以内に市の保健師さんも訪問してくれると言うし。そういう時は事前に示し合わせて必ず余計な事を言う親を立ち合わせないで話をすればいいや。

ここではもう意地は張らないでおこう、とは思うが、ううむ、いろいろ「ムッ」と思うこともあるんだろうなあ…。産後一ヶ月はいろいろな意味で我慢の日々だな。

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また一人…

市の母親学級で知り合った人が20日に出産したとメールが来た。これで3人目だし、順番としては全く問題はない…のだが…。

出かけている時に陣痛が来てしまい、駅で救急隊員に赤ちゃんをとりあげてもらったそうだ。これには私もさすがにびっくりした。予定より二週間近く早い出産だったもようだが、母子ともに元気という事でひと安心だ。…っておいおい、三人とも予定日より10日以上早く赤ちゃんに会っているな。しかもここまではみんな予想通り女の子…。実は男の子ではないかと言われたのは8人中私も含めて2人だけなのだ…。

そんな私も今週で34週に突入したのだが、軽い生理痛みたいな痛みが時折来るようになってきた。一日複数回起こることも今週に入ってからはたびたび。どうやら前駆陣痛らしいのだ。やはり来月になったらもう遠出はできないな…と思った私だった。今回の母親学級で知り合った人8人のうち、今月末出産予定の人が一人いるものの、他は一月下旬に集中。このあたりで誰かの出産の順番がひっくり返りそうな感じだが、それが私になってしまう可能性は十分ありうる。気をつけなくては。

今週中に最後の検診受けて、伸び放題の髪の毛切って、もうここでバス・電車に乗っての外出はおしまい!お散歩程度はありだが。

後は目途がついてきた部屋のおかたづけをしたり、まだ植えてない球根を全部植えたり、布オムツを縫ったり、残りのベビー用品の水通しなどしながらのんびり出産を待とうと思った。年末年始のご挨拶も今年は「来なくていい」と夫、私両方の実家から言われているので、お言葉に甘えてしまおうと思っている。

産休に入りもう少しいろいろできるかな?と思っていたが、実際にはそうでもなかった。昼間変な時間に眠くなったり、おなかが収縮したり、結構いろいろあって横になってたりして作業が中断されたりもする。家事も思ったようにてきぱきはこなせない。それでもまだ私自身はそれほど不自由だと感じてないだけいいか…。育児となったらこんなもんじゃないだろうからな…。

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缶?

昨年今の家に越してきてからか、週末になるとごろにゃんに缶詰入りのエサを与えるようになった。

普段はカリカリの療養食ベースのエサなのだが、猫自体の体重がだいぶ落ち、広い家に越してからはよく室内をとびまわっているせいか代謝が上がった様子で、おなかのたぷたぷ以外は筋肉質の猫に変身したごろにゃん。毎日缶詰を与えるのではないのと、缶詰のエサが魚ベースで消化が良いのもあって、切れ痔にもなりにくい様子。獣医さんにも週末だけなら缶詰入りのエサをあげても大丈夫そうだとお墨付きをもらったので、私たち家族がいる休日だけは缶詰入りのエサがOKになった。

缶詰入りのエサ(以下猫缶)を出す時はいっぺんに出すと全部食べてしまいはいてしまうことになりかねないので、少しずつスプーンですくってお皿に出して食べさせている。やはり普段の食事よりはおいしいようで、休日は目が輝いている。

そのうち私や夫が動くだけでエサねだりをするようになってしまった。かわいく「ニャン」と鳴いて、控えめに前足を人の足にかけてくる。最初はそんな感じだったのだ。

それがだんだんエスカレートし、最近はもう容赦なし。いきなり無言で前足を人にかけてきて「トントン」と叩く。夫がいると聞こえないように私の顔を見て口を横にあけて鳴くふりをする。それまで無視していると小さい声で「カン」と鳴くようになってしまったのだ。

最初聞いた時は驚いた。明らかに休日だけは「カン」と鳴いている。夫に話したが「まさか。そう聞こえるだけだよ。」と笑っていた。

しかし昨日夕方、私がお風呂に入っているときごろにゃんは夫の前で「カン」と鳴いたという。「本当にカンって鳴いてるよ…。」と夫は唖然としていた…。

ちなみに平日は「カン」と鳴くことはない。猫缶を出している休日だけどういうわけか「カン」と鳴く。まさかとは思うが「缶」って言葉だけは意味わかってるんじゃないだろうな…。

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ヘンなこだわり

実家にいた頃、父や母は家族で撮った写真を年賀状にして送っていた。しかし、父も母も全ての年賀状を写真にしていたわけではなかった。なぜか父も母もプリントゴッコを使って年賀状を作っていたりもした。何でそんな二種類も年賀状を作るなんて手間かけるんだろうと子供ながらに思っていた私だった。ちなみに私は自分で書いた絵をプリントゴッコで製版してもらい、色だけ塗って年賀状にしていた。

社会人になって数年すると、私の友人達も家庭を持つようになった。年賀状には家族写真や子供の写真がついてくるものが大多数となった。私はそれについては何も思わず「へええ。」などと笑いながら年賀状を見ているお気楽な人間だった。そんな状態のまま30代に突入し、相変わらずお気楽に暮らしていた。

ある日の事、高校時代の同級生からある友人の連絡先を教えてほしいと電話があった。その友人からは毎年私に年賀状が来ていた。一年ほど前に転居もし結婚もしている。その同級生と彼女は、私と彼女との間より仲が良かったはずなので、その上で連絡先を教えないのには何かわけがあると思った。こちらに年賀状が毎年来ているのは伏せた上で、同級生に事情を聞いてみると、三年前くらいから突然連絡が取れなくなったと言うのだ。年賀状も出しても来ないという。電話くらい実家にしてはどうかと話すが、実家のご両親に伝言を伝えてもその後電話がかかってくる事は一度もなかったと言う。

何かおかしいと思いつつその友人に連絡をしてみたら連絡が取れた。私は遠回しに用件を伝えたりするのが大の苦手なもので、単刀直入に今回の話をしてみた。

すると彼女から驚くような言葉が出た。「意図的に連絡取るのやめただけよ。」えええっ?びっくりする私に彼女が言ったのは「年賀状は出してきても構わないし、連絡先ももしというなら教えていいよ。でも私はあえてこちらからはこれからも年賀状とか出す必要もないと思ってるし、連絡取って会いたいとも思わないし。」と…。

彼女と話をしているうち、彼女が何を嫌がっているのかがわかってきた。友人と話をしても家庭の話と子供の話ばかり聞かされる事、そんな話他人が聞いてもおもしろくも何ともないし、勘弁してくれ、と思ってそう言っても彼女がわかってくれない事。さらには家族の顔写真つきの年賀状が送られてくる事、視野の狭い話ばかりになるのが彼女にとっては苦痛で仕方ない事、自分が苦痛になってしまうならそんな付き合いは必要ないと思った事、だいたいはそんな内容だったと思う。

私の周囲には当時独身の友人は多かったので、独身女性同士で会うと、友達の子供の写真付き年賀状についてはかなり冷たい反応をする人が多いのは知っていた。年始の挨拶に家族写真ならまだともかく、関係ない子供だけの写真なんかつけてくるな、バカじゃないの、というきつ~い話題は結構上がっていた。私などは「ぎゃははは、これどっち似だ?」などと単純に笑っていた方だったので、「お気楽バカ」などと言われていた。

その後家庭を持っている人の中にも同じような考え方をする人は多いと知り、ふ~んと思った私だった。確かにそうだ。家族ぐるみで付き合いがあるならまだしも、年始の挨拶に家族の写真やら子供の写真やら、ハガキの半分も使ってってのもどうかな?というのはわからなくもない。

実家の両親にこの話をしてみたら、「うちでも家族写真付きの年賀状送る人は選んでたんだよ。大多数はプリントゴッコで刷ってたの送ってたよ。そんな個人的な賀状誰に対しても送るもんじゃないし、いろんな考えの人がいるんだからさ。」と。あ、そうか、だから複数の種類の年賀状作ってたのか!とやっと意味がわかった…。

はてさて、そんな事を知った年の春の初めの頃。父の恩師から突然、我が家で送った家族写真付きの年賀状10数年分がまとめて送られてきたのだ。そこには我が家の家族が二人だった頃から始まり、三人、四人と増えていった姿がきれいに揃えられていた。手紙がたった一枚ついており「今までいただいた写真つきの賀状については全てお返しします」との事だった。父は「???」となっていた。

その後まもなくその恩師が亡くなったと息子さんから連絡が来たのだ。どうやら亡くなる前に自分の荷物整理をしていたらしく、「写真つきの賀状はこちらで勝手に処分するにしのびない。」と全てそうやって差出人に送っていたらしいのだ。息子さんも宛所不明で戻る郵便があって初めてそれに気がついたと葬儀の時話していたと父から聞いた。

そうなんだよな。顔写真つきの年賀状って思い切って処分するの大変なんだよね…私もそうして思い切って処分できない年賀状が山ほどある。全部ファイルにしてあるので場所はそれほど取ってないのが救いだが…。実家にも同じように処分できずにいる年賀状が束になってある。父の話では全部顔写真付きだよ…と…。

後の事考えても個人の顔写真付きの年賀状は私はやめよう、と思った。猫を飼ったが、猫といっしょに写した写真をつけたりもしていないし、結婚しても、結婚した時の写真などつけて送ってはいない。来年には子供が生まれるが、子供といっしょに写した写真をつけて送るつもりもない。自分で撮った写真をつけることはあっても、それはあくまでも人が見たらどうでもいい写真にとどめるようにした。処分するとき困らないように、もらって不快にならないように、年賀状一つに何ヘンにこだわってんだか…。

そうなると最近になって年始の挨拶に近況報告をするのもどうかとまで思うようになった。あくまでもそれも個人的な内容…。しかしこれを省略したある年、友人達から来た年賀状には「あんた何かあったの?」というものがすごく多かった。暑中見舞いにまで「何かあったの?」と書かれ、さらにその翌年正月に来た年賀状にまで「昨年はずいぶん殺風景な年賀状だったけどあれ何?」とか「昨年は何があったのでしょうか?」という内容が多かった。おかしいな、と思い何人かに聞いたところ「時節の挨拶は書かれていたけど、毎回いろいろ書いてくる人が近況も何も書いてなくて何かヘンだな、と思った。」「ああいうのは確かにシンプルでいいけどさ、普段書く人が何も書かないと余計な心配を招くしどうかと思うぞ。」と言われてしまった…。それからはご好意に甘えて一言近況だけは書き添えておくようにした。

しかしその兼ね合いも難しい。入院・手術が続いた年に「入院を繰り返して~」などと書いてしまった後、突然正月に友人数人から「ちょっと!あんた何なの?変な病気してるわけじゃないよね??」と電話をもらったのには驚いた。

余計な事は書くまいとさらに決意を新たにしたので、結婚した年に書いた年賀状に「昨年結婚し、~」とさらりと文章を続けたら、翌年正月と翌々年の正月には「そういうのをなぜ早く言わない!?」と非難の年賀状が相次いだ。「タイミングはずしまくりですが…」とお祝いを贈ってくる人まで…どうしたものかと思ってしまう。やはり「結婚しました」ハガキを送っておくべきだったのか…。

いったい今年は何を書いたらいいのかと思っている。来年出産する事を知らない人には「昨年は動くのも大変なくらい丸くなってしまいました。」ぐらいにしておこうかな…。って来年書く年賀状に「昨年は子供が生まれ~」などと書いたら「何これ!」とか言われるんだろうか…トホホ…。

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年賀状

そろそろ年賀状を用意する時期になってきた。

このところ毎年のように元旦に間に合わない賀状を出している。

大晦日の夜中に書いてたりするから、差出人を書き忘れたり、コメントにみょーな事を書いてしまったり、誤字脱字が異常に多かったりとかわけのわからない年賀状になるのだ。これは失礼極まりないと思う。

今年は産休で家にいるので、早めに書こうと思っていたらもうこんな時期だ。部屋の片付けとかやる事がいっぱいあって、結局年賀状が一番後になってしまいそう…。

少し前にブログめぐりをしていたらばななさんが年賀状を購入したという記事を見つけたので、産休に入ってすぐ年賀状を買おうと出かけた私。私は毎年プリントゴッコで年賀状を作っていたのだ。だいたいが二版刷り、面倒な時でも多色刷り、近所の文房具屋さんにも図案集を探しに行ってきたが今年は見つからない。おかしいと思い見たら「今年度でプリントゴッコ製造中止」の張り紙とともに、図案集は今年は出ない事、ランプやインク、スクリーンなどの消耗品はしばらく販売するが…というお知らせが…。lパソコン普及による影響らしい。実家に行けば図案集を父が保管しているはずだが、実家はまもなく旅行の予定。今年はパソコンで年賀状を作る事に変更し、インクジェット対応を100枚買ってきた。

今日になってブログめぐりをしていたらlazyMikiさんが年賀状の版を作成するという記事を見つけた。年賀状を手彫りの版でなんて素敵だな…。

私もそろそろ年賀状を準備しないとまた例年と同じ事になる、と思い、パソコンからオリジナルの牛の写真を出してきて、プリンタ会社の無料のテンプレートをお借りして数パターンの年賀状原稿を作成した。しかしそこまでやっておきながらインクも買ってきておらず、年賀状を印刷しようとしない私。明日やればいいや…。

Photo…にしても何なんだこの年賀状は…。これが最初に作ったものなのだが、写真が黒毛和牛に乳牛…。昨年北海道旅行をした時に撮ったオリジナルの写真を使ったものだが、いくら丑年とは言えこれはいかがなものでしょうか…。年賀状をもらった人は「はあ?」となるに違いない。こうなったら写真の出自も、丑とかそういう文字も一切書かずに出してしまおうと思った。

ばななさん、lazyMikiさん、ブログのリンク事後報告で申し訳ありません。

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親子の関係

ベビー用品を買いに行って思ったのは、父が間違いなく孫甘やかしじいさんになるのは確実だろうという事だった…。

母の話では私の事も弟の事も小さい頃は本当にかわいがってくれていたらしい。

ただ私、弟の両者とも物心ついた頃にはわりと何事にも口うるさく、行儀が悪かったり悪い事をしたらしっかりと怒る、かなり厳しい父親だったはずなのだが…。なので子供をうんとかわいがっていたという父親の姿を私は全く覚えてない。

もともと父はあまり人をほめたりが得意でなく、照れ隠しにしてしまうタイプだったのかもしれない。私と父とは性格的に似ていたせいか、反抗期の頃はいがみ合う事も多く、成人する頃まで関係が良好とは言えなかったはず、だ。社会人になってから関係はだいぶ変化したが、私が実家から完全独立した20代後半あたりから関係が好転し、定年退職し、数年前に完全にリタイアしてしまってからは全くそれまでと違ったお互い干渉しあわない関係になってしまった。おそらくもう独立した以上余計な事は言わない、しない、を貫いたのだろうと今になって思う。父はおそらく親離れ、子離れをどこかで意識しており、そこをきっかけに子供との関係を変えてきたのだろうと思う。

厳しかった父に対し、母は比較的子供には優しく接していたと思う。両方ともが口うるさく厳しかったらもう子供としては追い詰められてしまうだろう。その点では子供の頃は父より母の方にくっついていた事の方が多かったと思う。むしろ成人する頃までは父より関係は良かったかもしれない。社会人になってしばらくはそんなに関係も悪くはなかったのだが、独立してからはかえって父とは反対の関係になってしまったのが気にかかる。

独立したら余計な事は言わない、しないの姿勢を強くした父とは逆に、母は余計な事を言う、したがるという状況になってしまったのだ。さらにそれは最近になって強くなってきてしまっている。どうやら現在付き合っているお友達と娘さんとの関係を参考にしているようなのだ。それが私から見たら母子依存の強い母娘…子離れできずしょっちゅう娘の婚家に通う母親とか、夫はほったらかしで、夫の実家には孫を連れて行かないのに自分の母親としょっちゅう旅行や買い物に出かけ、孫に会わせている娘…そんなの真似などしてほしくはないし、それを自慢にしてもらいたくもないのだが…。

私には私より先に結婚した弟夫婦がいるが、母は一ヶ月に一度ぐらいいっしょに外食したいとか言っている。どうやらこれも付き合っているお友達の家庭を参考にしているようだ。弟夫婦は共働きで私たち夫婦より勤務時間も長く、仕事内容も厳しく大変だ。そういうのを全然考慮しないで弟夫婦にそういう関係を強制しようとしたり…無理のある話なのでそれを父と私とでそれとなく言っても最近は人の話を聞こうとはしない。そうして一ヶ月に一度付き合わされている母のお友達の息子のお嫁さんが陰で「いろいろうざい!」と夫の母親の悪口を言っている事など、実際の出来事の裏を読もうとしないのだ。そうやって自分に都合の悪い話も全然聞こうとしないのだから困る。ちなみに弟の妻はそんな事をする裏表のある人間ではないので、母が弟夫婦に対してあまり余計な事を望んだり言ったりしないでほしいと思ったりする。

私は母に対しては子離れするタイミングを誤ったか!と今はちょっと反省の念あり…。親子の関係は年とともに変わっていくのが当たり前とは言え、私も考えていなかったような形で関係が変わっていくのに驚くばかりだ。

父はむしろ子供と距離を置き過ぎのような気もしなくはないが、母は子供との関係を求め過ぎる。何だか不思議だ。それとも私の感覚がおかしいのだろうか、一般的には母娘の関係って私みたいな感じ方ではないのだろうか…。

おなかの中のちびがやがて出てくるが、親子としての関係はどうなっていくのだろう。

最初はもうただ何も出来ないちびの世話をするしかないと言え、大きくなっていくにしたがってちびのできる事は増えていく。その時どう接していけばいいだろうか、どんな関係になっていくのか、まだ先の話とは言え考えてしまう事はある。当然どう接していくか、どんな関係を築いていくかは夫ともいっしょに考えていく必要はあるだろう。

でも間違いなく言えるのは私はあくまでも私で、今おなかにいるのはちびという人間そのものであって私の分身ではないし、夫の分身でもない。ちびの人生は最終的にはちび自身が歩いていくのだ。ちびの支えになったり、援助をしたりはするものの、あくまでもちびはちびなのだ。そこだけは忘れないようにしようとなぜか思うのである。

…なんて言っててそんな簡単には物事かたづけられないんだろうな…。

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ベビー用品を買いに行く

私たち夫婦よりもベビー用品を買いに行きたがっている人がいる。私の実父だ。

先週ベビー用品を見に行った際に、まだ検討中のベビーラックを「買ってやるぞ。」と意気込んでいたのだ。その場で私たちが購入決定しなかったので「何で買わなかったんだ。」などとぼやいていたのだが、少し検討時間をくれ、と言ったところ納得した。

結局ベビーベッドを設置しない我が家で使う分には大きさ等問題なさそうなのがわかり、購入を決めたのだった。今日はそのベビーラック購入と、前回見た小物のうちあった方が良さそうと判断されたものを追加購入するためにまたベビー用品店へ行ったのだ。

ベビーラックは購入決定。父は持ち帰る気まんまんだったが、箱を見たら車に積める大きさではなかった…。結局配送してもらう事に決定。あとはコットンウォーマーと、大きめのコットン1パック、プラスチックの哺乳瓶1本とブラシ、乳首の替えを購入。小物はこちらで買おうとしていたのだが、父は「全部買うぞ~。」と言う事を聞かないので、今回は申し訳ないと思いつつ費用を出してもらう事にした…。あの、私たち夫婦より熱心じゃありませんか?

その後もう一つのベビー用品店で沐浴用の手桶と洗面器を購入。これはさすがに私たちで負担した。

これで当面育児に必要な用品は揃った。あとは足りなくなったら買い足せばいいし、最近はネットでも用品は買えるので安心。

しかし父は「また足りなくなったら買いに来るぞ~。」などと言ってるし…この調子ではいっしょに来たらまた全部費用を出すなどと言いかねないぞ…。

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ぎょえええ!

たった今産院から帰ってきたばかりだ。

午前中から体調が良いので、部屋のおかたづけをしていた。明日は資源ゴミ。もう随分長いこと着ていなかったり、古くなった服を大量に処分。午前中かなり作業がはかどった。昨年転居する際荷物を処分してなかったのが間違いのもとだった。バカだなあ…。

何か変な感じがあったのは昼少し前。「ん?」何となく破水じゃないかと…。おい、ちょっと待てよ。今まだ33週だぞ。いくら何でも早いぞ。食事もとらず横になって様子を見るが、変な感じがするのに変わりはなし…。自分の意思とは関係なく何か水分が…。

だんだん不安になってきたので、休診なのを知りながら産院に電話で相談したところ「すぐ来て!」との事で、徒歩で5分とかからないところを念のためタクシーに乗って行って来た。

検査の結果、今回のは破水ではなくただおりものが異常に多かっただけだという事がわかりひと安心した。ちびも元気でどかどかしてるし、心拍も正常。おなかの中の羊水も適量、細菌感染も見られず、子宮口も既にやわらかいことはやわらかいが開いていないので大丈夫だとのこと。あああ、よかったあと胸をなでおろした。

顔見知りの助産師さんも「よかったねえ!」と口々に。その後先生と助産師さんから

「年末の大掃除は禁止。横になってなさい!」

と言われてしまった私…。年末の大掃除どころじゃないんだよなあ、家の中のかたづけ…。む~。毎日毎日こつこつちょっとずつ続ける事は続けるぞ…。でも疲れたらすぐ横になろう。

ということで帰りは歩いてのんきに帰宅した私だった。まあいいや、破水じゃないなんて思っててその逆だったら、先生や助産師さんに叱られるわ、即入院になるわで笑うに笑えない結果になってたと思えば…。どこまでも問題有のお騒がせ妊婦だなあ…。

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もうそんな時期なんだ…

と思う事が二つ続いた。

家でくつろいでいたら、携帯にメールが来ていた。見ると9月に母親教室で同じグループになった女性(私含めて8人)のうちの一人からだった。12月15日に無事女の子を出産したという。

あ、第一号だ。そう思っておめでとうメールを返したのが昼少し過ぎ。

しばらくするとまた携帯にメールが来ていた。何と同じグループのさらにもう一人が、12月5日に無事女の子を出産していたと言う。実は第一号はこちらの方だった。既にもう退院しているもよう。

あれれれ、第一号はそちらでしたか、と思いおめでとうメールを返したのが夕方。

二人とも予定日より2週間早い出産で、破水始まりだったそうだ。一人は安産だったようだが、もう一人は生まれるまで三日くらい苦しんだようだ。赤ちゃんの大きさは二人とも200グラムぐらいしか変わらないが、やはり人によって随分違うんだな、と思った。

私のいたグループは12月、1月に出産予定日がある人がほとんどで、2月に生まれる予定の人は私ともう一人だけだった。私は予定日から見たら後ろから二番目。11月にみんなで会った時「できる事なら出産予定日順に産まれてくれるのが一番いいよね。」と話をした。「後ろの方の人が先に出産してしまったとなると、一日二日ならともかく、一ヶ月とんじゃったなんて事だと早産という事になってしまうからね…。」その通りだ。早産で出てきてしまったら母体はともかく、赤ちゃんに心配しなくちゃならない事が増えてしまう…。

これからおそらく次々と「出産しました」というメールが届くのだろうと思う。私より前に予定日がある六人の報告を聞いてから、私も「出産しました」と報告ができればいいのだが…。

来週が検診予定。ついに34週だ。ちびは相変わらずどかどかと人のおなかの中で動いている。大きさだけは2週相当超過しているみたいだが、だからと言って生まれてきたとしてもまだ体の機能は整っていないはず、だ。性別は既に男ではないかと早い段階で判断されてはいたが、実際のところ毎回超音波画像を見て先生も私も首をひねる状況になってしまった。大きくなっているのだからはっきりわかるはずなのだが…。

体型もおなかだけがどかんと前に突き出してしまった。腰痛がないので起きている分にはいい。でも寝返りをうつのがきついわ、おなかの蹴りがすごいわ(何で腹部左右同時に蹴りが入ったり動いたりするのかよくわからない…おなかの中で大の字にでもなってるのか?)で寝るときが一番苦しい。夜になるとおなかも張り始めるので、さらに厳しい。

しかも最近は眠くなる時間が午後十時から十一時頃で、ほぼ午前一時から二時の間、四時と五時の間あたりできちんと目が覚めたりする。睡眠が三時間で分断されているのだ。その間熟睡はしてるようなので疲労感はそんなにないが、なぜきっかりその時間に目が覚めるのか…。昼寝するとなぜか一時間くらいできちんと目が覚める。

まだ先の事と思っていたのが、だんだん現実になってきつつあるんだなと思う。

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春が来た~

Photo…なわけがない。関東南部もそれなりに寒い日々が続いている。

ベランダでは今年の夏暑さでバテて消えたと思っていたこぼれ種出身のヒゴスミレが復活していた。株はしかも増えていた。そして気がついたら花まで咲いていた。何なんだこれは…。

Photo_2 サクラソウのプランターには、同じくこぼれ種の明神スミレが山ほど生えている。サクラソウ大丈夫かな?と思うくらいになっているので、サクラソウプランターのうち一つだけは掘り返して、サクラソウの無事を確認しようと思ってはいるが。こちらも花が咲いている(ただし映像ボケボケ)。何なんだろう。

今年の秋はスミレの狂い咲きがやたらと多かったが、まさか今頃になってまた咲くとは思ってもみなかった。春になったらまた咲くのかな…。

Photo_4

今年の秋に我が家にやってきた原種スイセン。秋から冬に花が咲くというが、確かに植えたら花が咲いた。ちょっとかわった花だがいい香りもするしかわいらしい。これは増やしてみたいなあと思っている。花のない時期には貴重なかわいい花。

その他の球根たちは小さな芽が出て来て春を待っている。

Photo_5 ←ちなみに我が家の近所ではこんな光景が見られる。当然ながらこれは紅葉(街路樹のドウダンツツジ)。これを見ると決して我が家に春が来たわけではないとわかる。赤があまりに綺麗だったので撮ってみたが…。

Photo_6→さらには我が家の中で見られる光景。寒くなるとこのお方は人の布団の中に入ってきて喉を鳴らして寝ている。わざわざ猫用にもぐり布団を作ってやっても、ホットカーペットをつけてやってもこんな状態だ。最近は人の枕に頭をのせて眠る技まで身につけてしまっている…。

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お酒はほどほどに!つづき…

前日の記事にはまだつづきが…。

翌週月曜日、私の係は全員が顔を揃えた。その朝私の前に座っていた先輩が一言。「金曜日はどうも。あのさ、あれから俺どうやって帰ったのかわからないんだよな…。」

先輩は私と同じく一次会で帰ったのだが、もともとお酒がほとんど飲めずその日もたいして飲んではいなかったはず。自転車に乗っていた記憶はあるが、本人の話では、どこをどう通って帰ったか全く覚えていないのだと言う。おまけに足をすりむいていたり、手にあざがあったりしたというのだから、おそらくどこかで転倒したかぶつかったかしたんじゃないかというのだ…。

私も電車に乗ってから自宅に帰り着くまで全く記憶がなかったことを話すと「あの日はみんなすごかったよな。一次会では最初から大騒ぎだったし、酒のペースも早かったし、とにかく普段からぎゃあぎゃあうるさい係だけど、それを通り越してもうどうしようもないくらいとんでたもんな…。」と先輩は言っていた。私もその光景は覚えているし、誰もが普段以上に笑ったり騒いだりハイになっていたのは事実だった。

その後他のメンバーとも話をしたところ、おそろしいことが判明したのだ。

私と同い年の同僚は二次会後に消えてしまったそうだが、二次会に行ったのは覚えているがどこの店に行ったのか全く覚えていないと言う。さらには三次会に連れて行こうとしたら、わけのわからない事を言って駅とは反対の方向へ歩いて消えていってしまったと三次会出席者はいう…。彼の自宅は電車でないと帰れないはず…だ。随分経ってから彼は道に迷ったあげく、駅まで出たものの終電がなくなって困り果て、当時付き合っていた彼女に助けを求め、彼女の実家に泊めてもらったのだとわかった。その彼女は現在彼の妻なので、これも彼女との結婚祝いの飲み会の席で笑い話になったのだが…。他の同僚は彼の携帯電話で連絡したりもしたが出てくれず、この時は皆本気で心配していたそうだ。

三次会に行ったメンバーは三人だったはずだが、そのうちの一人、私の同期は三次会の記憶がまるで抜けており、自分が飲んだのは二箇所だったと断言していた。他の人に三箇所だったと言われても「絶対そんな事ない!」と30分以上言い張っていた。レシートを見せてやっと三箇所だった事を認める有様…。一人が消えてしまったのはしっかり覚えていたのに、その後さらに飲んだ記憶がないというのだからびっくりだ。彼はこの日妻の実家に泊めてもらったそうだが、やはりどうやって帰ったのか記憶がないと話していた。タクシーで帰った事を残りの人に聞かされて驚いていた。

もう一人、私と年が近い先輩は「二次会以降お金を払った記憶がないので、払わなくっちゃ…。」と言いながらお財布からお金を出していた。すると三次会にいっしょに行っていた最後の一人、当時の新人さんが「何変な事言ってんですか。お金はまとめて自分で全部支払いしてたじゃないですか…。まさか覚えてないんですか?」と。先輩は自分で全部のお金を払っておきながらそれを全く覚えていないという。「財布の中身が極端に減ってるだろうが!」とみんなから突っ込みをくらい、そこで初めて「あ…万札が一枚もない…。」と気がついた。その後慌てたのは三次会出席者。みんなお金を先輩に払っていなかったのだ。

「何だよ、みんな揃って記憶喪失かい…。まともに記憶があるのは新人の彼だけなんだ…。」と上司が言うと、お金を払ってないと勘違いしていた先輩が一言。

「いや、こいつなんて二次会、三次会ってほとんど寝てましたよ…。最初と最後しか記憶ないんじゃないかな?」彼もお酒は弱かった。二次会でカラオケをやった事も覚えてない、何を食べたかも記憶にない、どの店に行ったかを覚えているというだけ。詳細を聞くと何を話したかとか全然覚えてなくて、ほとんど寝ていただろうなあと思われる…どうも一次会の途中から半分は寝ていたのではないかと思われた…。

上司を除く係全員が壊れた飲み会なんて初めてだ…。これは係員全員の汚点だという話になり、しばらくの間「飲み過ぎには注意しましょう!」と何かある都度上司に言われるようになってしまったのだった…。

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お酒はほどほどに!

もう5年以上前の事になるが、職場で忘年会があった。

当時いた係はわりと人間関係が良くてまとまりがあった。その忘年会の日の昼過ぎに職場で大きなトラブルがあり、係全員でそのトラブルに対処する事になった。夕方までにそれは驚異的なスピードで解決し、忘年会は予定通り決行されることとなった。

その日は係の忘年会。昼過ぎからトラブルにかかりっきりだった私たちは、おいしい料理とお酒(この時は会場が偶然料理もお酒もおいしいお店だった)で調子に乗って飲んで食べてしまい、一次会の段階で、バイク通勤の上司以外(当然この人だけは飲んでない!)全員がべろんべろんになっていた。

私と上司、一人の係員は一次会で帰宅、残り四人は二次会へ、そのうち一人が二次会で消えてしまい三人が三次会まで行ったそうだ。ここまでなら普通の忘年会だ。

私はお店の最寄り駅までみんなで歩いていった記憶もあり、一人で電車に乗って座ったところまでは覚えているのだが、その後どうやって帰宅したのか全く記憶がない。

翌日土曜日の朝起きると、部屋の中に歯ブラシと野菜ジュースの飲んだパックが転がっていた。私は服を着たままだ。トイレに入るとブーツが揃えて脱いであった。玄関に行ったらコートが脱いであり、カバンも置いてあった。

その日は出かける予定があったので駅まで歩いていくと、おまわりさんに会った。するとおまわりさんが声をかけてきた。「あの、無事家まで一人で帰れたんですね…。」

何のこっちゃと思い話を聞いたところ、昨晩交番へやってきて「おうちへ帰りたいんだけど帰り方わからな~い。」と私が言ったのだそうだ。住所を聞くときちんと答えたという事で地図を見せて説明したと言う。危ないと思ったのでタクシーを呼んだ方がいいと言ったら「一人で帰れるも~ん。」と制止を振り切って歩いて行ってしまったという…。

一瞬青くなったがその場はお礼をきちんと言った…。

その後電車に乗りいつもの乗換駅の改札に差し掛かったところ、駅員さんに呼び止められた。「昨日は無事帰宅されてるんですね。」と。

は?と思いまた話を聞いたら、昨晩改札で「○○駅に行きたいんだけどどっちの電車に乗ったらいいの?」といきなり質問してきたんだそうだ。説明したら「ありがとう~。」と言って電車に乗り込んでいったという。

また青くなったがその場でもお礼をきちんと言った……。

やがてメールが来た。当時付き合っていた彼(今の夫)からだ。無事家に帰れたのか等かなり心配している内容。何事かと思ってメールの送信履歴を見ると…青くなった。

私は何を考えていたのか、飲み会が終わり帰宅してからもかなりの間変なメールをたくさん彼に送っていた…。彼は驚いたようでどこにいるのか心配していたようだが、私は居場所を全くもって知らせてないため、どうにも動きようがなかったらしい。ただ帰宅はしたと連絡があったため安心したようだが…。

野菜ジュースは彼に「飲んでおいた方がいい」と言われて飲んだものだとわかった。

いったい何でここまで酔っ払ったのか私もワケがわからない。もともとお酒は弱くそんなに飲んだ覚えはなかったのだが…。おいしいお酒が出る時は危ない!と思ったので、その後は調子に乗らないよう気をつけるようになった。

お酒を飲んでわけがわからなくなったのは今までこの一回限りである…。

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家にいてわかった事

今まで昼間留守だったので知らなかっただけだが、一日家にいるとセールスの電話や客が多くてびっくりしてしまう。みんな仕事だから仕方がないのだが、霊園の案内の電話なんて平日毎日(!)だし、宗教がらみの勧誘から何から何まで…。

我が家のインターホンは来客の顔が見えるもの。宅配便のお兄さんやお姉さん、おじさんや郵便局のおじさんはみんな顔見知りなのだ。ヤ○ト運輸や郵便局は、地域の配達の担当者の顔写真を配ってくれているし、佐○急便は配達前に必ず電話が入る。たまに来る日本○運のドライバーさんはご近所の方、その他小さな運送屋さんにはカメラの前に荷物を映るようにするといいよ、と言ったらそうしてくれているのですぐ鍵を開けるが、知らない顔だともう無視…。用事があればポストに何か入れていくだろうから…だいたい知らない顔の場合メモ等が入っていたためしがない。来客の方は出なくとも何とかなる。

問題は電話。もう足元があぶなっかしくて、部屋一つ離れているだけで留守電になる前に電話に出るのがやっとなのだが、出るとほとんどセールスの電話だ。電話ももう留守電の案内に切り替わるまで基本的には出ないようにしようと決めた。用件がある人ならやはり留守電に入れるし、仕事や家族など緊急の用がある人ならほぼその後携帯を鳴らしてくる。

それでも電話取っちゃったら…。

霊園の電話については最初縁起でもないとムッとしたが、何度もかかってくるうち「うちはお寺ですぅ。」と返答するようになった。そう返答するともう相手も何も言えない。

マンションの勧誘は「マンションだったら駅から一分程度の距離の場所しか考えてませ~ん。」と返すと相手は呆然。そんなのむやみに出る物件じゃない。

みょーな融資勧誘の電話に「じゃあ十億円ほど融資してくれる?」って言ったらむこうから無言で切ってくれて、その後電話もない。

宗教勧誘の電話については話すだけ話させて「意味がよくわからなかったからもう一度最初から全部お願いできますぅ?」と言ったら、相当なバカだと思われたのか言葉を濁されむこうから電話を切ってくれた。

あとは振り込めサギがらみの電話だけだ。これだけはまだ経験がないので何とも言えないが、かかってきたら最後まで徹底的にからかってやろうと思っている。

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大処分!

産休に入る直前から家の片づけを始めた。

共用部分をどうにかしないと、という話になり、片づけが得意な夫に手伝ってもらいながら洗面所、台所などを手入れした。その結果どちらもきれいになり、驚くほど使いやすくなったせいか家事のスピードがおそろしく速くなってびっくりしている。

その後は共用部分ではなく、一応私のスペースとなっている場所だ。夫のスペースはもともと夫がきれいに使っているので何の問題もなく、物も少ないため大々的に片付けなんかする必要はない。

私のスペースが異様に散らかっていたのだ。特に本が大好きな私、私専用の大きな書棚にも入らず、床に置きっぱなしの本があってこれを何とかしないとまずいとは思っていた。夫もさすがに「これはないでしょう…。」と絶句。少なくとも本棚に入る量にまで本を減らそうという事になり、本の見直しを始めたのが二週間ほど前。

現在は本棚に入りきる量に本は納まり、余った本は夫や夫の父、弟の協力を得て近所のブックオフ行きとなった。実用書が多かったせいか売り物になる本がやたら多く、売ったら十分ベビー用品の足しになる金額にまでなった。すごい処分だ…。

料理やお菓子の関係の本は、作ってみたが味が合わなかったもの、内容がだぶっていそうなものを中心に見直し、半分近くまで減らした。それでもまだ多いぞ…。

手芸や編み物の本も、基礎的な技術が載っている物は残したが(実はこのあたりはほとんど独学で覚えたから、今もかなり技術的に危なっかしく、基本的な事を覚え切れてない)、それ以外のものはばっさり処分する事にした。

その他の本は今後見るか見ないかでばさばさと処分を決めていった。

するとおもしろい結果が出た。

料理やお菓子の本は、不思議と残ったものの著者に偏りが出たのだ。という事はよく見れば内容がだぶりまだ処分できる本があるって事だろう。よく考えながらこれから少しずつまた不要なものを処分していこうと思ったが、ふと中身を見ると結構書き込みしてたり、調味料のしみで汚れていたり、ページがよれよれだとかそんな状態のが多い。つまりきちんと使用していたものが残ったということだ。残った本を見ながら作られていた料理やお菓子が我が家の味になっているということかもしれない。この中には料理やお菓子づくりを科学的に解説したおもしろいものもあるが、これは自分が興味があるのでおそらく処分する事はないだろう。

手芸や編み物の本は、基礎技術が書かれたものの他、比較的古い時期に出版されたものや、マニアックなものが残った。処分されたのはほとんどが最近出版されたもの。だからこそきれいでよく売れたようだが、中身を見ると確かにデザインが似ていたり、使っている糸が同じだったり、これといった特徴がないものが載ったものばかり。残った本を見るともう今ではこんな手の込んだ図案集がないとか、手に入れたくても絶版になっているとかそんなのばかり。時代遅れといわれてしまえばそれまでだが、中には最近になって見直されてきた伝統手芸の本まであったりしてびっくりものだ。

文庫や小説などもお気に入りのものだけが残った。その中には「宮沢賢治全集」の文庫版だの、ムーミンの文庫版等児童書の類までも入っている。エッセイなども気に入ったものだけが残っているが、既に絶版ものだったりする。やはりこちらにもマニアックなものが入っていて私も驚いていたりするが…。やはりなぜか手垢で汚れた本ばかり。

その他の分野については、自然科学の本がかなり残り、しかも分野が偏っていた。草花や鳥、魚、動物などの持ち歩き図鑑だの、園芸の本、天体、気象の本、などなど。数学の本がほとんどないのになんだこれは?と思った。その他には少しかじった中国語の本など。後は頭の体操として漢字検定がらみの本だの…。

社会人としてのマナーに多少欠ける部分があるのを自覚しているせいか、そのあたりのマナー本なども残った。健康がらみの本少しと、唯一できる水泳、多少は何とかなるスキーの本なども残った。

不思議と大の苦手なおかたづけや掃除、整理整頓、収納がらみの本、これはどういうわけかハウツーものではなく、厳しい事が書かれているものだけ残った。私にとっては耳に痛い事が書いてある本ばかりなのだが、本棚から本を撤去した今になって読んでみると、その通りじゃないかと思う事がいっぱい書かれていた。今はそれをちまちま実行中。

本棚から移動していった本もある。台所でよく使っていた基礎的な料理の本は台所の空きスペースへ移動していった。洗濯や掃除、化粧品などの本のうち一部は、洗面所の棚へ移動していった。重曹やクエン酸の使い方などが書かれていて、流しで調合する事が多かったからだ。出産、育児がらみの本も寝室の本棚へ移動していき、そこにあったパソコン操作の本が夫の部屋の本棚へ移動していった。写真集などは居間で寝転がってみたり、お客が見る事もあるため居間の本棚へ移動、音楽や絵の本は普段作業や演奏、練習をする居間にあるピアノの下の棚へ移動していった。

見たいときに簡単に見られる場所に本があることで、だいぶ気持ちがよくなったのと、戻すのが簡単になったので気楽に本が見られるようになった。もっと早くこれに気がつくべきだったなあ…。

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ひとりめし

Photo今日は夫が会社の忘年会。夕飯はいらないという。明日も友人達と飲み会があるらしい。普段からあまり飲みには行かず帰宅する夫だが、やはり時期的に夏や冬は飲み会が集中する事がある。

そんな時は当然私が家に一人。以前なら勝手に外で食べたいものを食べてしまったりもしていた私だが、最近は食べたいものを家で作って食べる事にしている。その方が安上がりで安心だからだ。

今日は一人チーズフォンデュ。一人暮らしの頃使っていた一人用土鍋をひっぱり出してきて、スーパーで買ったチーズフォンデュの素を牛乳でといて温める。これは既に先日一人で半分使ったのの残りが冷凍室に入れてあったので、それを使うことに。

この土鍋とは本当に長い付き合いになる。一人暮らしの頃100円ショップで買ったのをいい事にこき使い、食洗機で洗っちゃったり(本当はダメ!)、炒め物しちゃったりともう何でもありの使い方をしてきた。この土鍋がワンパターンだった私の食生活をずいぶん豊かにしてくれたので感謝している。おでん、湯豆腐、キムチ鍋、牡蠣鍋などなど冬になると本当にいろいろな鍋を作るのに重宝した。どこも壊れてないし丈夫なすぐれもの。何と落としても割れず今に至っている。

野菜は小さめのブロッコリー4分の1株、小さいじゃがいも一個、にんじん2分の1本、にんにく一片。これを蒸し野菜にするのだ。塩も何もつけず、甘みが出るまで蒸すと何もつけなくてもおいしい。ブロッコリーだけ早めに取り出しておけばよい。

パンは近所のパン屋さんでリュスティックを見つけて買ってきた。これを半分。以前スーパーで売っていたパンでやってみたが、シンプルなパンの方が断然おいしかった。今日はフランスパンの小さいのを探しに行ったのだが見つからなかった。ふと見たら小さなリュスティックが。一個100円。これならバターも入ってないパンなので、チーズをつけてもあっさり食べられる。

ってな事で、お風呂にも先に入り、一人でお気楽な夕飯を楽しんだ私だった。ちなみにチーズフォンデュ、夫は苦手だ。クリーム系の煮物も苦手なのである意味こういうのは私だけの時しかできない料理。

明日の夜も一人。野菜は余っているしツナ缶もある。パンも半分余って冷凍してあるのでクリームシチューなどしようと思っている。また一人用の土鍋で作る予定だ。

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私の辞書にも「反省」と「感謝」はあった…

仕事が休みになって三日目になる。

産休になったら食べ歩きしたい、近場で産前最後のお出かけがしたい、だとかやりたい事はいっぱいあったが、思った以上におなかが大きくなり、32週にしてたま~に不規則な張りが起こるようになったため、遠くへ外出どころではなくなってしまった。そればかりか産院の先生にちび早産の可能性が少々ありという事で遠出禁止令を出されてしまった。

楽しみにしていたお散歩も一人の場合は10分程度で帰って来られる場所くらいにしておくよう言われ、近所にお買い物だの、必要最低限の手続きをしに出かける程度までの外出しか許されない状況に…とほほ。それでもまあ、どうしてもお出かけしたい病にまではなってないのでまあいいか…。

私は「ダメ」と言われると性格的におさまらないので、「ダメ」と言われた事でも自分がしたければ何を言われようと、何が起きようと押し通す。単なるわがままなのだ。ある意味私はジャイアンと通じるところがある、というよりジャイアンそのものである。家族から「ジャイアン」と呼ばれるのはそんなところがあるからだ。

ただしその事で結果的に問題が起きてもそれは自己責任。他人に迷惑をかけないのであれば自分で責任をとればいい事だと思っている。

しかし今回の妊娠はそうも言ってられなかった。全てが妊娠に起因するとは言え、「ダメ」と禁止される事は私だけの問題ではなかったからだ。このことで周囲にも多大な迷惑をかけた以上、自分さえ良ければいいという行動は慎んだつもり(他の人の目から見たらどうだか…)だ。今までわがままに生きてきた事を反省するいい機会にもなった。

それと同時に行動制限がは随分あったので、確実にストレスがたまると思っていた。しかし、後期になって振り返ってもそれほどストレスを感じてない自分に驚いている。友人と会う予定がキャンセルになったり、楽しみにしていたイベントに行けなくなったり、そんなのばかり続いていたはずなのだが、それを「仕方ないね~。」と流せるようになったのはびっくりだ。ちびの威力はすごいぞ。

夫からは「今までみたいに朝起きなくてもいいから。」と言われているが、それをやってしまうと私の生活リズムは一日中寝てたり、昼夜逆転が起きたりして目も当てられないほどぐちゃぐちゃになってしまう。なので今は体調が良ければ仕事していた時と同じく6時から6時半には起きて朝ごはんの準備。ごはんも夫といっしょに食べてから晴れていればすぐに洗濯機を回してしまうようにしている。夫を送り出し洗濯機が回っている間は洗い物をしたり、猫と遊んでいる。そのうち洗濯は終了するので、洗濯物を干して、散らばったゴミも含め床を簡単にワイパーがけだけすると、8時半には全部終わってしまう。ここでベランダの植木に水をまいても9時には終わってしまう。

今日は晴れて暖かいと言うため、ちょうどいいやとちびの衣類やガーゼなどを大量に洗濯機にどさっ!ほとんど全ての衣類が水通し終わった。あと少し追加の衣類などが来るが、そうすればほぼちびの衣類の準備は終わり。3ヶ月くらいまでは家にこもっていても何とか暮らせるような状態にはなった。

母体の状態が悪くて実は無事育つかどうかわからなかった妊娠中期、ダメだったらダメで仕方ないと思いつつ、時間のない中でちびのための用品をちまちま揃えてきたが、ちびはその時期も乗り越えてくれた。ちびさんありがとう、と思う。と同時にとにかく無事出てきてくれ!と強く思う私がいる。私もちびをこの世に出せるよう努力しなきゃだ。

今日は比較的時間があったので、ちびのためのハンドメイドをやってみた。何を作ったかというと布オムツ……。

一番最初に作ったのはよだれかけ(最近はスタイと言うんですね。オバサンなのバレバレ。)一枚。これも布だけはもう大量に裁断してあるが、作る量が多くてスナップの数が足りなくなった。近々スナップの部品は調達したいので今週末には行って来ようと思っている。そうすれば年内家でおかたづけと並行しておとなしくハンドメイドができる。産院の先生にもこれなら「こらあ!また何かしたでしょう!?」と怒られる事はないだろう。

一応布オムツは50枚程度作る予定でいる。正直なところ使うかどうかは不明だが、実は私は数年来の布ナプキン使用者。オムツとナプキンでは必要期間も手間もかなり違うが、どんなものか一応やってみようとは思ったのだ。ちなみにちびを1歳過ぎて預ける予定の保育園はどうやらどこも布オムツ(リースみたいだが)使用らしい。産院も布オムツの対応だと言われている。しかし布オムツは途中で挫折する人も多いようなので、私も「これは無理だ!」と思う産褥期の時期は紙オムツ対応しようなどと思っている。

年齢がいってるせいか、性格的なものかわからないがやはり私はいい加減だ。母乳でちびを育てる予定ではいるものの、こっちが疲れたらミルク飲ませたっていいじゃん、だし、オムツも出かける時は紙でいいじゃん、だし。このいい加減で適当な性格が災いし、産院の先生には随分怒られたりもした(定期的に検診に来なくて怒られたとかそういうのは一度もない!)が、結果的には転院を指導されたりもしなかった…ありがたい限りである。

今回のちびの事では家族にも周囲にも本当にお世話になりっぱなしだ。ありがたいなあと思いながらちびが生まれてくるための準備をしている私だった。この思い、絶対忘れないようにしないとバチが当たるだろうな、そのうち…。

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ベビー用品を見に行く

産休に入りだんだんちびがらみの事ばかりの記事になってしまっている。何でもありのブログだったのだが分野には大幅な偏りが出ているなあ…。

早産の危険性を考え、ちびのための肌着や服は3ヶ月ほど出歩かなくても済むように適当に用意しているが、イメージがわかず用意できていないものがあった。それはベビーバス、ベビーラックなど比較的かさばるものだ。本当に必要なのか、レンタルでいいのかなどなど、実物を見た事がないので想像もつかなかったのだ。幸いベビーカーやベビー布団、哺乳瓶や衣類の一部はかつての職場の同僚兼友人から譲っていただいたものがあり、非常に助かっていたのだ。

私の実家の親は、私が勝手にベビー用品をそろえてしまった事で蚊帳の外にされてしまったような気持ちになったようだ。母親はどちらかというとそういう思いが強かったみたいだが、父親はまたそれとは別で「孫のために何か買ってやりたい!」というのが強いようだ。そのままにしておくと後々面倒な事になりそうなので、夫と話し合い、4人でベビー用品をいっしょに見に行く事にした。それが今日だ。

近所のショッピングセンター内にあるお店と、実家から比較的近いところにあるお店に行ってみたが、驚いたのはその品揃え。ショッピングセンター内のお店のあまりの品揃えに私も夫も、父も母も圧倒されてしまった。何も用意していない状態だと何でもかんでも買い込んでしまうことになりかねないほどだ。

そこでベビーカーがすごい値段する事を知って飛び上がりそうになったりした。我が家は車も所持してないのでチャイルドシートも必要ないが、そういうのもすごい値段…。そんなの譲っていただけたなんて本当にありがたい限りだ。我が家も次に使う人に用品をまわしていくようにしていこう。次があるかどうかはわからないもんな…。

両親はベビーラックがあれば便利ではないかという。私も気になっていたものであるが、大きさがどれくらいなのか、実際に我が家で使う場合どうなのか、種類等もいろいろあるのでこればかりは実物を見たいと思っていた。見ると思ったほど使い勝手は悪くなさそうだし、我が家の居間で使うには全く問題がなさそう。職場の先輩方も「あれはあるといいと思うよ。家事する時子供が見える位置に置けるし。家に猫がいるなら気をつけてみる事も含めてなおさらあった方がいいかも。」と言われたのだった。でもここでは購入はせずとにかくどんなものかじっくりと見るだけ。

小物類もいろんなものがある。その中で気になったのがおしりふき用のウォーマー。市販のおしりふきを温めるものは知っていたが、最近出たものの中に市販のコットンを使って、水を温めておくものがある事がわかった。そちらの方がおしりふき以外にも使えそうな感じだ。これもここでは買わずに見るだけ。

おむつ処理のゴミ箱については見ると思ったよりかさばりそう。最初だけは紙おむつのお世話になる予定だが、その後は布に切り替える可能性が高いのでこれは必要なさそう。我が家のゴミステーションはいつでもゴミを捨てていいようになっているのでにおわないように密閉さえすれば何とかなりそう。バケツも既に複数あるので問題なし。

おまるは今すぐ必要ではないものの、補助便座にもできたり、ステップにも使えたりとシンプルで良さそうなものがある。あった方がいいかもしれないがこれも見るだけ。搾乳機なども手動から電動までいろいろあって選び放題。出れば母乳育児をする予定なのだが今回はこれも見るだけ。

大きい規模のお店に最初に行ったので、だいたいの用品の下見は終わり。ただし、このお店は不思議な事にバス用品の品揃えが薄かったのだ。ベビーバスにいいものが見つからず、もう一つのお店に移動した。

もう一つのお店は郊外にある小さなお店。用品類がかなり充実しており安かった。ただ大物はあまり品数は取り揃えていなかった。ここでちょうどよい大きさで使い勝手が良さそうなベビーバスを発見した。値段を見るとレンタルするよりはるかに安い。なくても何とかなるとは言え、あっても別に支障はなさそうなのでここで購入を決めた。床置きでもシンクでも使えるタイプなのでそんなに大きなものではないが、使用期間が一ヶ月くらいだとすれば元はしっかり取れる値段。

ここでは買わなかったが、沐浴用にちょうどいい小さな手桶発見。沐浴実習で見事に人形をベビーバスに落とした私としては、洗面器では危険なのでこれは使った方がよさそう…。

我が家に帰ってから夫とさらに必要そうなものや、型番を調べたり、レンタルとの価格の比較検討をしてみた。

ベビーラックはあっても使えそうだし、レンタルするよりはるかに安いのでこれは買い。ただし自動的に揺れるものまでは必要ないかも。おしりふきウォーマーについては、コットン用のお湯を保温するタイプの方がおしりふき以外にも応用がききそうなのでこちらを買い。ただし同時にコットンを購入する事に。沐浴用の手桶や洗面器はちびがある程度大きくなって、いっしょにお風呂に入れるときにも使えそうなのでこれも買い。搾乳機は手動の方が良さそうなので一応用意を検討し、母乳バッグも検討。そんな感じになった。おまるはシンプルなものを検討。あとはあってもなくても良さそうだ。

レンタルもできる品物も多いが、ベビーラックを3ヶ月しか使わないというのはあり得ない。その他の用品も1ヶ月程度しか使わないのであれば安上がりだが、おむつは1ヶ月でとれるもんじゃないし、お風呂もいっしょに入るようになってからだって使うものがある。トイレ用品などはもう3年程度使うのは当たり前。搾乳機は産院でも使う場合があるというし、母乳が出なければ調乳用品を買えばいい。だとしたらレンタルで使う期間がかえって長くなってしまう。高価なものならともかく、長い期間使うなら購入でも問題はない。だったら余計なものを買うのではないのだからレンタルの必要はなし。

検討事項があるという事で今日はベビーバスしか買わなかったが、父は今日ベビー用品を全部自分で買ってしまうつもりでいたらしい。いくら何でも全部買え、とは言えないのと、外出禁止でもないのに私たち夫婦で勝手に品物を購入し、請求書だけ持っていくのはあんまりだと判断し、実家に再度連絡。来週また目をつけた用品を買いに行く事になった。

ベビーラックだけは両親の顔をつぶさないためにありがたく費用を出していただく事にしたのだった…。

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産休に入ってから

初めての検診だ。実際は明日から産休だったのだが、一日前倒しでお休みをもらってしまった。月曜日だけ行って「はい、さよなら」というのでは何だか変だと周囲から言われ「どうせ休みも余ってるんだし、休暇捨てる事になるんだから休んでしまえ。」とまで言われてしまったのだった…。

とにかくお休み初日の今日は体が軽いの何の!いつもよりはるかに元気なので午前中に洗い物から掃除、洗濯、ちびの衣類の水通しに植木の水遣りと、とにかく家事を全部ばばばっと済ませて、産院へ受付時間ギリギリに駆け込むと…驚くほど空いていてびっくり!!すぐに検診となった。

体重…一時期検診の都度2キロ太り、このままでは出産時15キロ超えは確実だな…と青くなった私だったが、この四週間体重が全く変わらないどころかわずかに減っていたのだ。二週間前の検診より減…考えてみたら二週間短時間勤務をほとんどはずした状態で定時まで仕事をさせてもらっていた。途中で体調を崩して休んで、ろくにものが食べられず寝込んでしまったりもしたし、その影響かな?

ちびは順調にでかくなっており、三十四週相当の大きさで推定体重も2200グラム。まだ出てこられちゃ困るが、万が一出てきても生存は可能な範囲まで来た。次の検診ではおそらく2500グラム程度にまでなるはずだ。相変わらず下の方にいるが頭は下に向けたままだし、まだ出てきそうな気配はとりあえずない。

先生からは動き回らないようまた怒られてしまった。産休に入った事で私が調子に乗って遠出をしたりするのではないか?と思われたのだろう。ちびはともかく母体をもっと大事にするよう言われてしまった。ちなみに、内科的な問題は後期に入ってから全くなく、むしろ今の方がずっと検査の結果もいいのだそうだ…変なの。貧血もない、血液の状態も問題ない、血圧も普段よりは多少高いとは言え標準より低いくらい。何か特別な事をしてるのか助産師さんにまで聞かれたが、「多少ビタミンや鉄分、ミネラルのサプリメントは飲んでるものの、外食も多いし、肉ばかり食べてるし(魚も食べますが)、野菜もそんなに食べてないし(嫌いじゃないからいっしょには食べるが)、胃がもたれて絶食しちゃったことまであったから、何も気を遣ってません。」と…。

おやつは食べてもいいみたいだが、これだけはあまり変なものを食べないよう気をつけていた。

チョコレートは食べられるようになってから、好きで少量食べているが、少々高くてもオーガニックのものに切り替えた。これだとケチも味方し一日で一枚食べちゃえ、など、どか食いをしないで済む。何せ一日ひとかけらしか食べないので結果的にチョコに費やすお金は減った。

クッキーとかケーキとかを食べるかわりにみかんとかりんごを食べる。これも計算してみると一日一個りんごを食べたからと言ってもやはり旬の果物の方が安くあがったりするからびっくりだ。

スナック菓子を食べるかわりにせんべいを食べると、これもスナック菓子ほどたくさん食べられないので結果として安くあがる。

おやつを選んだのも太らなかった一因か?休み中は家にいるとのべつまくなし食べかねないのであまりストックを置かないとか、長時間の散歩がアウトなので、その分家の掃除をしてまわるとかして動いて、これ以上太らないよう気をつけようと思っている。ちなみに今の時点で妊娠前より7キロ増。10キロまでOKとは言われているが、さすがに体が重くてきついので、もうここで体重増加は止まってほしいものだと思う…。

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テコフィレア

それは今年の秋我が家にやってきた小さな小さな球根植物である。小指の爪の先くらいしかない球根。大玉でも親指の爪の大きさくらいしかない。

南米チリの原産のようだが、現地ではその美しさゆえに乱獲されてほぼ絶滅したという。できる事ならチリの草原で風に揺れる自生の青い花を写真でだけでも見たかった…。

コバルトブルーの青いクロッカスのような花を咲かせるが、アヤメ科の植物ではない。変種には少し白が入った花や、紫の花が咲くのもある。

球根自体は流通していないわけではないが量産されているわけでもない。イギリスだか何だかで保存されていた種で実生で増やされて、その子孫達が世界中に出回り、ナーセリーでさらに実生繁殖されて流通しているのだ。ただし、ナーセリーで個人卸売りはほとんどされていないのが現状で、園芸店で買うと卸値の倍の値段がついてたりする。本当はイギリスから輸入すれば卸値程度に安く上がる(送料はかかる)のだが、英語苦手な私はもう日本語が通じないというだけで腰がひけてしまう。ちなみに、イギリスあたりではこの花を増やして現地へ戻そうなんて計画もあるのだそうだ。

この花の存在を知ったのが4年程前。小球根について書かれていた園芸の本の中に素晴らしい青い花の写真があった。それからいろいろ調べ、どうしてもこの花を育ててみたくて、そのためにちまちまお金を貯めて、この3年間毎年のように機会をうかがっていた私…。1種類だけの予定だったのが、今年はよりによって何と3種類の流通を確認したのと、3年間思いをはせて貯めてあったものの予算をはるかに下回った(球根のためだけでなく他のものも買う予定で貯めてたお楽しみ貯金なので予算を下回るのは当たり前だが)ため思い切って購入…。む~、販売店ボロ儲けだな、3球でいくらするんだ!という感じだった。卸売直売ならこんなにしないのに…ただ直売だと100球からってな話になってしまうのだ。個人がこんなにたくさん買えるわけがない。

10月に鉢に植えたのだが、すぐ芽が出てきた株もうんともすんとも言わなかった株も。それが今朝全部芽が出てきたのを確認した。球根は3種類あるが芽の形を見る限り1種類は確実に花が咲きそうだ。

分球率が非常に悪く、実生繁殖をしている人もわずかしかいないためすごい値段になっているのだと思うが、そうだと思うと「じゃあ増やしてやる」と思ってしまう私。何年もかけて一球の球根を絶対複数株に育ててみたいのだ。ブロガーさんの中には今年種を採って育てている方もいるから、育て方を聞きながら大事にやってみよう。

数年前にうっかり再生園芸にはまって以来、分球率の悪い球根を増やしたり、絶対関東あたりでは消えてしまうといわれる野草や球根を夏越しさせたり、花を咲かすのが難しいといわれるものに挑戦しては花を咲かせたりと変な意味で勝ち気になってしまう。そんな事するからベランダが植木鉢だらけになるのだ…。

気がつくと今年も我が家で増えた子たちが芽を出している。来年春に咲くの、楽しみにしてるよ~。来年は一番きれいな時に花を見てあげられるからね。

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うそ八百

今日から期間限定、一年半の専業主婦生活となる私。

夫を家から送り出し、さて、何しようと思いながら家の中を見ると…掃除、洗濯、洗い物、その他ベランダの植物の世話から何からやる事が山ほどあるじゃないか…。

誰だ~!専業主婦はラクだなんていったのは!!うそつき~!!!と思いながらバタバタバタバタ家事にとりかかる私。食洗機セットして並行しながら洗濯機かけて、その間にベランダの植物の手入れ、床掃除、あうあう…と思いながら働いていたりする。このほかに自分の昼食用意したり夕食の準備したりいろいろあるじゃん…。

産休入ったらのんびりハンドメイドでもなんて思っていた。ハンドメイドの時間は取れなくはないが、これだけ家事がいろいろあったら合間見ての作業で、のんびりなんてとんでもないじゃん…。

って事は、今まで仕事してるのにかまけて本当に何もしてなかったって事だよな…と改めて自分の今までの生活を反省する私だった…。何も言わないし、私が家にいる事になっても家事は手伝ってくれる夫だが、今までめちゃくちゃの家の中に相当ストレスを感じていたに違いない。あ~あ。

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振り返ればあっという間…。

明日が私にとって今年度最後の仕事になる。いよいよ1年半にわたる初の長期休職だ。

まだまだ先の事だから…と思っていたのに、あっという間に12月は来てしまった。12月の最初から休んでしまう予定だったが、座席が片付かない、仕事も片付かない、引継ぎも進まない、日々の処理も多くて仕事が必ず積み残る。休むのは前もってわかっていたのにこの有様だ。確かに仕事が多くて忙しい職場だったのを差し引いても「ううむ」と自己管理の甘さを思い知る私だった…。上司も先輩も「人が減ったのに仕事が増えてるんだから昔みたいに簡単にはいかないから仕方ないよ。」とは言ってくれるものの…情けない。

かろうじて引継ぎ書類は整理したが、マニュアルも含めてぶ厚いファイル2冊分にもなってしまい目が点になった。二年目で今の仕事を全体的にやるようになってから少しずつ手順のメモを作りため、産休が近づいてから慌てて仕事の流れの一覧表などを追加して、メモを集めて作ったものだがそれにしても…いくら作りが乱暴なマニュアルとは言えすごい量…。

実はこれが復帰した後役に立つかは微妙だ。基本的な仕事の流れはそのままとは言え、私がいない間に業務を行うシステムががらっと変わってしまうからだ。復帰したら浦島太郎状態は確実だ…。

明日は残した仕事の引継ぎと、私物の身辺整理だ。しかし、気がついたら窓口に出る当番が当たっている。そんなんで片付けなんかできるのか?

私の机は代理で来る方が使う事になっているので、私物を残していくわけにはいかない。文房具なども人の名前が書いてあるものを使うのはイヤだろう。仕事の書類はデスクいっぱいに並んでおり、それは片付けないでいいと言われているから多少は気がラクとは言え、その他私物は結構いっぱい。おそらく最後は段ボール箱にドカドカ詰め込んで「タピアン」と名前を書いてロッカーに置きっ放しになるのがいいところだろう。

箱を開けるのは1年半後。中身がタイムカプセルになっていないようきちんとしていかないといけないな…。

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