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2007年2月

ギアチェンジ

昨日はフルートのレッスンだった。風邪をひきあまり練習はできなかったが、またもにへらにへらしながらレッスンに出かけていった。レッスンに行く途中でレンゲローズなるバラだの雪割草の苗などを購入したりと、いったい何しに行ったんだという状況・・・。

いよいよ本日からアルテス11課。基礎練習を普通よりゆっくりゆっくり練習していたので先生がまた唖然としていた。「少しゆっくりのペース過ぎません?もう少し速く吹くようにしてもいいと思いますよ。」ということでメトロノームを八分音符=100にして吹いた。

基礎練習はあれあれあれれ???といううちにあっさり吹けてしまった。しかもエチュードの前半まで進んでしまったので拍子抜け・・・。10課で3ヶ月も足踏みしていたのは何だったの???と思うような進度。これが落とし穴だったらどうしよう。

「春の歌」、練習してきたペースはまだ遅かった・・・。「この曲ももっとリズムに乗って速く吹いてみてください。」と先生に言われペースアップ。真ん中付近の長いスラーがかかるところがつまずくものの、それ以外は特に問題なしとのこと。

アルテスもエチュードとなると技術だけで吹いても何だかしっくりこなくなってきたような気がする。どうやって曲想を作るか、聴いている人がいたら何をフルートで伝えたいのか、考えながら吹かないといけないんじゃないか・・・と思う。すらすらと吹けるだけならもっと練習すればどうにかなるが、先生はそれを要求していない。

私の場合中音のA~Cのあたりで音が少し乱れる。苦手意識もありここで吹き方を思いっきり変えているのは自分でも気がついていたが、そうすると音がきれいでなくなり表現の幅が狭くなる。先生にそのことを話してみると「中音から高音へ上がっていく時吹き方を変えるのではなく、ここでギアチェンジするだけです。その時おなかを使ってギアチェンジをするイメージで吹いてみてください。」とアドバイスを受けた。

なるほど、ギアチェンジしてみると思ったより簡単に音が出る。

曲を吹きながら「あ、中音から高音に上がるのでよっこらしょ!」とギアチェンジするわけにはいかないが、#や♭、強弱、どこで思いっきり表現を強調しようかなど考えてから吹くと、ギアチェンジが思った以上に簡単にできる→音が出る。この感覚、今までほとんど意識したことがなかったものだが、以前おなかを使って吹く感覚をつかんだ時と同じような感じ!これだ!!とうれしくなってしまった。

音がしっかり出るようになって、吹きたい表現ができるようになって、やっとフルートを吹くのが心から楽しいと思えるようになってきたのだった・・・。これが長く続くといいのだがなかなかそうはいかないのが私だったりする^^;

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卒業保留!!

おちゃらけブログだった私のブログ、ここ数日はちょっと傾向が違う記事が続いていた。お気楽な私にもふとまじめに考えることがある。そんなのも私だったりするが、この数日の記事にもコメントをいただき皆さん本当にありがとうございました。

昨日の記事に、ne568さんがコメントをつけてくださった。それを見て過去の苦い記憶を思い出したので記事にしてしまうことにした。もう時効だろう。

高校3年生の時、私は理系クラスにいた。選択科目は物理・化学。こてこての理系だった・・・。しかし3年生5月の段階で私は理系クラスにいながら、早々と志望校を文系の学校にしてしまっていたのだ。

私は当時教員になりたいと思っていたので教育学部への進学を希望していた。私が行きたかった大学の入試科目は全校国語、数学、英語のみ。第一志望に当時の共通一次はあったものの理科と社会は1科目だけでOK・・・。社会はもともと好きだった地理を選択しており、理科はと言うと化学を選択していた。となると、言い方は悪いが物理=受験科目じゃない・・・となり、次第に定期試験の勉強もおろそかになっていった。

1学期は評定に「2」をつけられた。2回の定期試験どちらも平均点に到達しなかったのだ。2学期は2回あった定期試験がどちらも平均点を上回り評定は「3」。

そして3学期。1月に定期試験が終わり、2月からの家庭学習に入った。2月から家庭学習に入ると学校に行かなくてもよくなるが、定期的に登校日がある。その2回目の登校日のある日、物理の先生から職員室に呼ばれたのだった。

職員室に行くと先生が笑っていた。

先生「何でここに呼び出されたかもうわかってるよね?」

私「はい・・・3学期の物理のテストの事ですよね。」

先生「そう。何点取ったか当ててみ。」

私「20点くらいかな・・・。」

先生は黙って私に採点済み答案を見せた。そこには、あろう事か5点という数字が書かれていた。おそらく一生で一度の1桁台の点数。しかも学年最下位。さすがの私も驚いてしまい言葉が出なかった・・・。

ということは・・・3学期の評定は「1」。

え?ってことは・・・3学期の学年末評定が「1」???

まずい!!私の学校には3学期につく学年末評定が「1」だと留年という決まりがあるという話を先輩から聞いていた。学年末評定は3学期の試験で決まるらしいと。ということは私は3年生をもう一度やり直しだ!卒業はできないということになってしまう・・・。

先生は私の顔を見て言った。「まだ受験が残っていたよね。」

そのとおりだった。その時は第一志望校の試験を残すのみだったのだ。

「あのね、とりあえず今回は追試という事になると思うよ。ただまだ試験が残っているんだから、今回の事はいったん忘れて試験を受けることだけに集中しなさい。試験が終わったらまた呼び出しをかけるからね。」

そう言われて私は職員室を後にした。

その一週間後に第一志望校の試験が終わった。3月に入って初めての登校日に物理の先生がニコニコしながら私のところにやってきた。

「卒業認定会議にかけたけど、あなたの学年末評定は「2」。無事卒業決定、おめでとう。」

卒業認定会議で、私の評定は「2」+「3」+「1」=合計「6」。「6」÷3(学期数)=「2」となったそうだ。3学期の試験での評定は「1」であることにかわりはないという。先輩から聞いた話を先生にすると「3学期の試験だけで学年末評定がつくというのは違うよ。それじゃ1回失敗したら全て終わりだろ。」と笑っていた。

こうして私は一週間後に無事高校を卒業した。その後幸いにも第一志望校に合格することができた。その報告に行くと物理の先生はまた笑っていた。

「教員になりたくて大学行くんだったら、入学する前にきちんと高校でやった事を復習しておくんだよ。あとでついていけなくなったら目も当てられないからね。それに、自分がわかっていないことを他人に教えるってのは無理だ。相手にわかる言葉で教えるためには自分がきちんと理解していることが必要だと思うよ。」

ちなみに、物理の5点は先生の責任ではないと思う。先生の授業をまともに聞いていたらこんなことにはならなかった。実際2年生の時も同じ先生に物理を教えてもらっていたが、授業自体はとてもわかりやすく、本当に授業を聞いていただけだったが試験でどんな問題が出されても対応できていたのだから不思議だ。

受験が終わってから物理の参考書を買い、大学に行く前に本当にもう一度やり直した私だった。高校2年の時教えてもらった部分は何の問題もなかったが、3年で教えてもらった部分はめちゃくちゃだった。「二度も余計な手間かけるんだったら最初からきちんとやれ!」とイヤというほど思い知らされた私だった。

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わかっていても

頭の中ではわかっていても、実際にそうなったら・・・と思うことがある。

先週、よく遊びに行っていた先輩ブロガーさんの愛猫が亡くなったことをブログで知った。一生懸命闘病し、生命の危機を乗り越えて頑張っていた猫だったのだが・・・。

そして今日、別の先輩ブロガーさんの愛猫が亡くなったことを同じくブログで知った。病気とわかってから治療中でありながらわずか数日での容態の急変、飼い主さんとしては呆然としたのではないだろうか・・・。

猫は生まれてから最初の1年で人間の年齢の15歳分まで成長し、その後は1年ごとに4歳年をとっていくという。乱暴な言い方をすれば人間の4倍の速さで年をとっていくことになるのだ。ちなみに、心拍数も猫の場合は確かに人の脈より4倍くらい速く打っているように思う。高校の時物理の先生から「寿命を全うする場合、生物の一生の心拍数は決まっていてどの生物でもみんな同じだそうだ。」という話を聞いたことがある。となると、どうやっても普通は人間より先に猫が一生を終えることになる。

これはあくまでも寿命を全うすればの話。病気だの事故だの不測の事態があればそれは変わってしまうので、当然猫がうんと先に一生を終えてしまうこともある。また逆に飼い主の人間が猫よりも先に一生を終えてしまうこともあろう。

私にもいずれ猫との別れの日が来る。それがどんな形で来るのかはわからない。年齢を考えれば普通は私が猫を看取ると思うのだが、今までの私の病気や手術の回数を考えると逆がないとは言い切れない。

おそらく、私が看取る段階になったらかなり取り乱すだろうと思う・・・。

一人暮らしを初めて半年ほどした頃から3年くらいの間に私は3匹のジャンガリアンハムスターと生活をした。みんな私が看取る事となったが、最初の子を看取った時は半狂乱だったのを記憶している。最初の子は1年半いっしょに生活した。それまで病気一つしない丈夫な子だったため油断していたのだ。私が病気であることに気づくのが遅れ、結局助からなかった。こうなってしまったのは私のせいだ・・・と。目も当てられない状態だったらしく、獣医さんが私を心配して電話をかけてきたほどだ。

2匹目の子は3年半いっしょに暮らした。血尿が出るという病気を持っていたにもかかわらず頑張って生き、最後は老衰だった(実際私の家に来る前1年は別の人の家で暮らしていたので4年半生きたことになる)。この子に対しては、最初の子の時のことが頭から離れず、病気持ちだったこともありずいぶん手をかけていた。看取った時は半狂乱になることはなかったし、よく頑張ったね・・・と多少冷静に対応していたと思う。

3匹目の子は1年半いっしょに暮らした。この子の場合はやはり丈夫で亡くなる前の日まで元気に暮らしていた。突然亡くなってしまったので、何が何だかわからなくて呆然とした。

ハムスター3匹ですらこれだけいろいろあったのだ。猫の場合はハムスターより接している時間も多く、人のそばにくっついていることも多い。人間より短い一生とはいえ何よりいっしょに過ごす時間が長いのだ。

お別れの日が必ず来るとわかっていても、私の心の中での気持ちの整理は簡単にはつかないだろう。その日が来たとき、どんなに私がやるべきことはやったとしても多分割り切れない思いが残るだろう。、そんな事を考えてしまう私だった・・・。

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・・・・・・。

             「孝行を したい時分に 親はなし」

今は寿命が延びてきているので昔の言葉みたいに思われてこんな言葉も何だかそぐわなくなってきたと思う方もあるかもしれない。でも、寿命が延びたおかげで親離れも遅くなってしまったりする。実際には今もそのとおりではなかろうかと最近思い耳に痛い言葉。

             「いつまでも あると思うな 親と金」

こんなのも聞いたことがある。いい加減自立しろという意味だろうか。入院して迷惑をかけたりなどなど自立しても親からはいまだに何かしらの援助を受けている私にはさらに耳の痛い話だ。

何でいきなりこんな事を言い始めたかと言うと・・・情けない話だが私自身親というものはいつまでも自分の親であり、いつまでも元気でいるもんだなどと思ってしまうときがあるのだ。しかし・・・この数日の間に自分の親も間違いなく年をとっているのだと実感するできごとがあった。数年前にもそんなできごとがあり、私自身の生き方を見直すきっかけになったのをふと思い出した。

今回も同じように、私自身の生き方を見直す結果になるのだろうか・・・ふとそんな事を思っただけだったりする。

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買っちゃいました^^;

_img_46 朝7時に焼けた食パンである。

_img_47 自宅でパンが焼きたくてついに買ってしまったホームベーカリー。もっと高いものだと思っていたのだが、いつもいろいろな材料を購入しているお店の通販で思った以上に安値で売っていた。ちまちまためてあったお金から十分出せる金額なのでうれしかった。昨日の夜初めて使ってみた。朝7時に食パンが焼きあがるように設定しておいたら、本当にその時間に焼きたてパンが。思わずニタニタしてしまったのだった。

パンは買った方が安いかもしれないが、ふと原材料表示を見ると「ん?」と思うものが入っていたりする。決して添加物否定派ではない私なのだが気になることはある。

このパンはバター、水、スキムミルク、強力粉、塩、イーストが材料である。これだけで立派なパンが作れるのはうれしい。ホームベーカリーのいいところは炊飯器の感覚でパンが作れるというところにあると私は思っている。これなら食パンが気軽に作れるので私には大助かりである。

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似てるかも

_img_44 左の写真はぶり泥棒ごろにゃんである。かなり前だが自宅でぶりの照り焼きを食べていたらテーブルの端に顔を乗せていた。見ると目はまん丸だし顔は三角形・・・食べたい時の顔だ。調味料がついていない白い部分を少しだけあげようとしたら前足を伸ばしてきて「よこせ」である。

こんなごろにゃんに似ている猫がいる!と夫、そして近所の人に言われたのだが、私自身特に注意して見ていなかった。

_img_45 昨日の夕方花の写真を撮りに出かけたら、近所の家の門柱に座っていたのが右の写真の猫。私が来たら驚いて逃げたもののどうやら飼い猫らしく、遠くまでは逃げなかったので写真を撮ってみた。

確かに毛並みも似てるし、目が丸いところも、少し太っているところも似ている。ごろにゃんより若干赤茶色が強いかな、そして少し年がいっているかな、という感じである。

実はごろにゃんを拾ってから一年くらい立った頃、ごろにゃんを拾った場所の近くでもっとごろにゃんに似ている猫を見たことがある。どこかの家の飼い猫なのか黄色い首輪をしていたが、その数ヵ月後見たときには首輪がなかった。そしてその後は全くお目にかかっていない。

親兄弟ということはないと思うが、こんな色の猫結構いるんだな、と思った。

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じゃあ自分の家はどうだ

家に帰ってベランダに出てみた。

ちなみに、うちにも今は花が咲いているが、苗で買ってきたものが咲き始めただけなので毎年毎年地面から顔を出してくれるというものではない。ただ、今年は夏越しも自宅でさせて、来年家で花を咲かせてみたいと思うのであった。

_img_37 ←うちの早咲きクロッカス。クリームビューティーという名前だそうだ。実家でも球根を購入し、球根をきちんと育てて3年くらい花を咲かせていたことがある。今年はしっかり球根を養生させてあげて、来年家で花を見たいなあと思っている。

_img_38 こちらの黄色い花はエランティス。早春に小さな黄色い花を咲かせる。前からほしかった花なのだが、近所では球根をうっているのすら見た事がなく私にとっては幻の花で終わるはずだったが、ホームセンターで元気のない苗が大安売りされていたため買ってきた。植え替えてきちんと育てていたら花が咲いたのだった。管理をきちんとして来年も咲かせてみたい。→

_img_39 →近所の別のホームセンターで買ってきたスノードロップの苗。一つだけ花があがっている。これも球根から育ててみたかったが手に入らなかった花である。これを購入したホームセンターは花の管理が上手ではなく、花がすぐ痛んでしまうのだ。この鉢にも4株植えてあるが水びたしみたいにして売られておりかわいそうだったので持ってきて少し水切りしてから植え替えたら元気になってくれた。これも球根をとって来年咲かせてみたい。

_img_40 もう花粉が飛んでいるらしい。重症の花粉症である夫は嘆いていた。今年は家のミントが元気に育っている。昨年株分けをした時はたよりない子たちだったが、今年は元気に根付いてくれている。自家製のミントティーができるかな。→

_img_42  ←年末に会社の近所に住むお偉いさんが持ってきてくださったビオラ。何でも近所の花いっぱい運動で余ってしまった苗だという。「会社の女性に分けますよ。」ということで持ってきてくださったのだが、手間がかかるのがイヤなので私は「いらない。」と言った。すると「そんな事言わないで持っていって^^一番元気そうな株あげるわ^^」と2株も押し付けられてしまったのだった。他の人を見たら大量に持っていっているのでまあいいかと思い持って帰って来た。ほったらかしているうち花がなくなりタネまでとれてしまい元気がなくなってしまったのだが、2つとも植え替えたら葉が元気になり、何と花がまた咲き始めたのだった。せっかくだから大事に育ててみよう。

_img_43番外編:何だこれは・・・である。ゼラニウムなのだが気がついたら花が咲いていた。実家にも色とりどりのゼラニウムがたくさんあるが、冬に花が咲いたのはさすがに見たことはない。

これも花の管理が悪いホームセンターで根ぐされを起こして枯れかけており放置されていた。白花がほしかったので店員さんにかけあってみたら最初はそのままいただけるという話だった。でももともとは売り物。「タダというわけにはいかないので売って。」と頼んだら50円で買えた。根ぐされ部分を切り取って、鉢を植え替えて水切りしながら乾燥気味に育てていたら昨年は何と3回も花を咲かせた。そのうちだんだん茎が太くなり、がっしりしてきて何とまた今になって花が咲いたのだった。特殊な香りがするからかこの花のそばにおいてある鉢にはあまり虫がつかなかった。乾燥気味に育てても大丈夫な手のかからない植物なので、いろんな色のゼラニウムを育てている実家から枝をもらって挿し木して増やしてやろうと思っていたりする。ちなみに実家には白花がなく、うまく育たないそうだ。

ベランダ中植木鉢というわけにはいかないので、ベランダの3分の1の面積で済む程度の花を育てているが、このくらいが手をかけやすくちょうどいいみたいである。こんなベランダにもたくさんの春が見つけられるのだから楽しい。

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春はもうすぐ

あまり本格的な寒さを経験しないまま今年の冬が過ぎていく。

今日はブログも手抜きに徹しようかと思っている。まずは近所で見つけた春。

_img_31 ←近くの家の前に置かれていたクロッカス。早咲きのものらしくもう黄色いかわいい花が咲いている。

_img_32 近所の畑。ふきのとうがたくさん顔を出している。ふきみそにするとこれはおいしい。→

_img_33 ←同じくご近所で見つけたジンチョウゲ。一昨日だか夕方ふと香りがしたので「あれ?」と思っていたが、もう咲いている木があったとは。ちと早くないか?

_img_34 早咲きのスイセン。年末から花が咲いておりもうここの花はほとんど終わりかけている。少し遅れて芽を出したものが今きれいに咲いているのだ。→

_img_35 ←ご近所のクリーニング屋さんの庭に地植えされている小さなスイセン。これもいつもなら3月くらいの花だと思うが今年は早く顔を見せてくれているように思う。

_img_2_1 近所の白梅。少し前からぽつぽつ花が咲いていたが、あっという間に満開になってしまった。楽しめるのはあと少し???→

こうやって見てみると、早春に咲く花って黄色が案外多いような気がする。

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DSLite入手

・・・したのは私の話ではない。夫の話である。

一昨日夫は友人に会いに行った。帰りに靴を買いに近くの大型ショッピングセンターへ行ったところ、偶然電器屋でDSLiteが売っているのを見つけ購入したという。予約販売でも何でもなかったそうである。夫はDSのソフトでやってみたいものがあったので本体がちょうどほしかったと言っていた。

昨日いっしょにショッピングセンターへ行ってみたが、もうDSLiteは売り切れていた・・・。

私は既にDSを持っている。私はあまりゲームの類が得意ではない。操作を覚えるのにひと苦労するのが原因だ。なのでPSは持っているにもかかわらずほとんどやったことがなかったのだ。

小さな頃ゲームウォッチなるものを買ってもらった事があり、あのくらいの操作キーなら何とか対応できるとは思っていた。そこに出たのがDSだった。まだゲーム機が出たばかりの頃これなら私にもできると思って購入した。私が購入した時はDSがあちこちにたくさん売っていた。あまりにたくさん余っていたので記憶違いでなければ安売りしているお店もあったと思う。私も確か定価より少し安く買った覚えがある。それもそのはず、当時はDS対応のソフトがほとんどと言っていいほどなかったのだ。本体だけ持っているのに・・・夫は「もう少しするとソフトがたくさん出てくるからそれまで待ってもよかったのでは?」と言っていた。確かにちょっと先を急ぎすぎた、失敗だったなあ・・・とへこんでいた私だった。

その後半年くらいするとソフトが増えた。私もいくつか買って遊べるようになった。犬を育てる「ニンテンドッグス」などは都心に行く時わざと持って行ったりした。すると必ずといっていいほど勝手に通信までしてくれたりする。こういう楽しみ方もあるんだ、と思った。「頭の体操」系のソフトでは実家の家族も巻き込んで遊んだりした。

やがてソフトが大量に出回り、DS本体は売り切れという店が増えた。その後DSLiteが出た。このゲーム機は持ち歩くのにも小さくて、見かけもゲーム機らしくなくて相当人気があったのか抽選だの予約販売だのでなかなか手に入らなかったようだ。弟や妹も入手するために毎週のように大手スーパーに並びに行ったという。一時期大きなおもちゃ屋さんには売っていたのを見たことがあったが、最近また入手しづらくなっているのだろうか。

夫は私の持っていた「数独」のソフトにはまり、時間が空くと一昨日からずっと遊んでいる。こうなると「数毒」にならないだろうか・・・と思ってしまう。ゲームなどははまると最後まで攻略するタイプの夫なので、おそらく全制覇を狙っているんだろうな・・・。

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味噌ふたたび

今年も味噌作りに挑戦してみた。昨年冬は米こうじの味噌を作りうまくいったのだった。今年は麦味噌作りに挑戦することにしてみた。

乾燥麦こうじ1kg、乾燥丸大豆1kg、国産の塩500gが材料である。味噌を作る時は「手づくりみそ自慢」という本を参考にした。こうじ屋さんが書いた本ということもあるが、過程での味噌作りのことがとてもわかりやすく書かれている。

_img_21   まず大豆を吸水させる。乾燥大豆は水を吸うと3倍くらい大きくなるのでたくさんの水を必要とする。大きな鍋に大豆を入れて約3倍強の水を入れて一晩置いておく。大豆がふくらんだとき水から出ないようにするのが一番いいと言う。

_img_22味噌を発酵させるための瓶を消毒する。きれいに洗った瓶に熱湯を何度もかけて、乾いた清潔なふきんを敷いて乾かす。日光消毒するのもよいらしい。

_img_23  大豆を圧力鍋で煮る。圧力鍋で煮ると30分程度で豆が煮える。ただし一度に煮るのは無理なので家では4回に分けて煮る。水はひたひたより少し多めにして煮る。圧力がかかってから15分くらいで豆は完全に煮える。

_img_24 完全に煮えた大豆は指で簡単につぶれてしまうくらいだ。食べてみるとほんのり甘くておいしい。これをざるにあけて豆だけ取り出す。ただしここで煮汁は絶対に捨ててはいけないのでボウルに煮汁をあけておくのだ。

_img_25 この煮汁は大豆とこうじを混ぜる時、ちょうどいいやわらかさにするのに必要なのである。

_img_26 豆を煮ている間にこうじの塩切りをする。乾燥こうじをボウルにあけ、450gの塩を混ぜ込むのだ。こうじをばらばらにしながら塩をまんべんなく混ぜ込む作業である。

_img_27 さて、大豆はというと熱いうちにつぶしていくことになる。これを手でやっていくのは大変。家にはフードプロセッサーがあるので、煮た豆1回分を2回にわけてフードプロセッサーでつぶしていくのだ。

_img_28 私の家の場合は豆の形があまり残らないようなめらかにつぶしてしまう。これと塩切りこうじの4分の1を混ぜていく。ここでは手をやけどしないようポリ手袋をしての作業だ。煮汁を加えながら耳たぶくらいのやわらかさまでにしていく。

_img_29 まんべんなく豆とこうじを混ぜていくと、手触りのよい味噌のもとができあがる。これを適当な大きさに丸めてみそ玉をつくり、瓶の中に投げ込むのだ。空気を抜くためにバシバシ瓶にたたきつけてしまうのだ。_img_30

豆が煮上がったら次の豆を煮る。これを全部で4回行う。煮ている間にみそ玉を瓶に投げつける作業までやってしまうとどんどん作業が進み、10時から始めた味噌作りは12時30分頃無事終了した。これで2kgの麦味噌のもとができあがり。あとは味噌を平らにならし、50gの塩を表面にまんべんなくまぶし、ラップで蓋をしたあと上から塩で蓋をしおもりをのせるのだ。その後は紙でふたをして暗い所へ。あとは静かに発酵してくれるのを待つのみである。

今年はこの後もう一回玄米味噌を仕込む予定である。あとは夫の実家と私の実家へ米こうじ味噌を仕込んで瓶ごと差し上げる予定である。

手作りの食品を最初に試すなら、冬の時期に作る味噌がお勧めだと思う。私みたいないいかげんでも失敗しなかったのだから。

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オレンジピールができました

_img_8 自家製のオレンジピールができた。作り終わったのは先週のことであるが、これからこのピールを使ってケーキが作れると思うとうれしい。

_img_9 いよかんの皮を4つ割にしてひたひたの水でゆでる。あくを取るために4~5回ゆでこぼす。1回目にゆでた後に皮の裏の白いところを少しそぐときれいなピールができるという。

_img_10 あく取り終わり近くなると、皮のつんとした香りがやわらかくなる。そうしたらもう一度皮をやわらかく煮る。

_img_11 指で跡がつくくらいやわらかく煮た皮をざるに引き上げ、粗熱をとっておく。その間にシロップを作るのである。

_img_13 水200ccにグラニュー糖100gを煮溶かす。人肌程度に冷めたら先ほど引き上げたいよかんの皮を漬け込む。

_img_14 シロップ入りの鍋に皮を並べたあと、上からお皿でおもしをして皮をシロップにしっかり漬け込むのだ。

_img_15 次の日からは皮を引き上げて、残ったシロップへグラニュー糖100gを煮溶かす。粗熱がとれたら引き上げた皮をシロップへ漬け込む。この繰り返しがあと3日間続くのだ。当然シロップはどんどん砂糖が溶けていき、最終的に500gものグラニュー糖が溶け込んだものになる。いよかんの皮も毎日漬け込まれてつやが出てくる。

_img_16 そしていよいよ最終日、5日目の漬け込みが終わったので瓶詰めだ。瓶に詰める前に瓶と蓋を煮沸消毒しておき、ふきんに逆さにして乾かしておく。

_img_17 漬け込みの終わったオレンジピールをシロップごと瓶の中に詰めた後、最後に中身ごと瓶を煮沸しておく。シロップが煮沸されたらまだ熱いうちに蓋を閉めて瓶詰めのできあがりである。

このオレンジピール、3ヶ月ほど冷暗所で漬け込んでおくとよいようである。これからケーキを作る時などこれを使っていくようになる。これからどういう味のオレンジピールになってくれるのだろう。楽しみだったりする。

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またやってみた^^

食品の宅配カタログの中に今年もまた味噌作り特集が載っていた。最初のうちは無視していた私だったが、昨年2月初めて自分で味噌を作りうまくいったのをきっかけに、今年もまた味噌作りしようと思ったのだった。

昨年作ったのは米こうじ味噌。今年は麦こうじと玄米こうじで味噌を作る予定である。

昨年は出来上がった味噌を「本当に食べられるの?」といぶかる実家の親に無理やり食べさせてみた。結果として「あらこれおいしい!!」両親ともにびっくりし、しまいには「もうないの?」とまで言われてしまったのだった・・・。今年は自分の家用の味噌を作った後に新しい瓶を買い、私の実家と夫の実家に味噌を作って瓶ごと差し上げようと思っていたりするのだった。

ってなことで味噌作り一回目は終了^^後ほど記録などアップしてみます。

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やっと10課を突破…。

本日が2月最初のレッスンとなった。

本日のレッスンにてやっとアルテスの10課を終了することができたのだった。1月のレッスンでは指づかいでこけ続けた10課エチュードが再挑戦になっていたのだ。

ある程度スピードを上げて吹いてみると、間違えるところがいつも同じと気がついたので全体を吹くのをやめ、間違えるところばかり取り出して練習してみた。ゆっくり吹いて指づかいを確認し、スピードを上げたり、全部スラーをつけて吹いてみたり、リズムをわざと崩してみたり・・・練習自体はせいぜい1時間程度と短い時間ながら同じ場所を何度も何度も吹き続けているのだが、聞いている夫や猫にとってはえらい迷惑な練習だったようだ。

そのせいあってか10課エチュードはいつも以上に流れに乗って吹けてしまい、2回吹いてみたところでOKが出たのだった。ふ~、やっと先に進める・・・。

まだ低音→中音、そして高音へ変わるところでは喉がしまっていい音が出なかったりすることがある。しかし、先生からは「おなかの使い方が格段によくなりましたよ。」と言われたのだった。やった^^おなかの使い方がよくなったおかげで楽器はしっかり音が出ているという。しかし・・・出た音を鳴らすことが今後の課題だと先生と話した。それは大きな音で吹けばいいというものではない。のびのある響く音を出す、きつい音だけでなくやわらかい音で吹く、今後はいつもそれを頭に置いておかなくてはならないと思う。これが難しいのだと思う・・・。

その後「春の歌」を吹いてみた。家で練習したら最後まで吹き通すことができず、息が続かなくなった上最後の方はもう音が出せなかった・・・そのことを先生に話したら「相当遅いスピードで練習しませんでしたか?」と・・・。先生から「家で吹いた速さで吹いてみてください。」と言われ吹き始めたところ、先生は驚きすぐにメトロノームをセットしたのだった。

先生に「メトロノームに合わせて吹いてください。」と言われた速さは、家で吹いた時よりだいぶ速かった。八分音符=80、それでも何とか指はついていってるし、スラーのつけ間違いもほとんどしない、曲の流れもそれほど崩れず最後まで吹き通すことができたのだった。「春の歌」を自分なりにイメージしたものを入れながら楽しく吹くことができた。

私はほとんど全て中音D、E♭の指づかいを間違えているという。「左手ひとさし指でいつもキーを押さえていますね。」と先生が苦笑いしながら指摘を・・・。わかっていてもついつい癖で押さえてしまうのだった・・・。正しくキーを押してみると・・・音が全然違うので誰が聞いてもおかしいとわかるなこれは、と思った。さてこれは気をつけなくては。

「春の歌」を吹き終わった後先生が言った。「私も八分音符=80でこの曲吹いたら疲れると思いますよ。多分このくらいがゆっくり吹くのの限界だと思うんですが・・・よくこれより遅いスピードで吹いてましたね・・・。」

あ、もともとそんな遅いスピードで吹くような曲ではなかったんですね^^;確かこの間の「アヴェマリア」も倒れる寸前の遅さで吹いてたっけ・・・。私はどうやら曲を遅め遅めに吹いてしまうようだ。

次回からはアルテス11課と「春の歌」だ。アルテスではF-durを練習するが、♭が出てくる曲はやわらかい音で吹く曲が多いと先生は言う。「春の歌」は偶然にも同じ調で書かれている。って、ここしばらくはやわらかい音で吹く練習が続くって事か・・・。

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誰だあ?

先ほどパソコンの電源を入れて、画面を開いて驚いた・・・。

Img_1435_2 私のデスクトップは「北うさぎ」の写真だったはずなのだが、ふと見たら何と左の豚丼の写真に変わっていたのだった・・・。

写真は私のオリジナル、つまり私が旅行中にデジカメで撮影したものだったりする。

「何じゃこりゃ・・・?」とつぶやく私に夫は「あなたが自分で設定したんでしょうが。」と言うが、私はこの写真をデスクトップにした覚えは全くない。だとするとこんなことしたのは誰だ?家の中には他にこういうことをするのは一匹だけ・・・多分ごろにゃんの仕業だろう。

パソコンが開いていてもキーボードの上にどかんと座っているごろにゃん。多分どこかのキーをめちゃくちゃに押してしまい勝手にデスクトップを変えてしまったのだろう。もしこれを「食いしん坊の飼い主のためにデスクトップを変えてやろう」という思いやりからくるものだったらほめてあげよう。

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