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2006年10月

短い旅行 その2

小樽から札幌に戻った私たちだが、早々とホテルにチェックインし少し休んで荷物を軽くしてからまた街に出た。夜は藻岩山に登り札幌の夜景を楽しむことにした。

日暮れまでまだ間があったので、札幌の街をあてもなくぶらぶらしてみた。大通公園で写真を撮ったり、時計台まで歩いてみたりしてみた。Img_1950 夕方になると時計台もライトアップされている。写真を撮ってみたが腕前が???なせいかうまく構図が決まらない。時計台の下にはベストショットが取れる場所まで指示があるのだがそこから写真を撮るとどうしても後ろのビルが写ってしまう!何だか意味不明な写真と化してしまった。Img_1958

大通公園の夜(実際には夕方だが)も撮ってみた。夜景モードで撮っているがやはり腕が悪く手ブレしまくっていた・・・。その中でもまともに撮れたのはこの写真だけ><

その後市電に乗って藻岩山に向かった。札幌に市電が走っていたのを私は知らなかった・・・。市電の写真は見事に撮り忘れてしまった・・・。市電ってなかなか味がありおもしろい。のんびり乗っていた。

藻岩山入り口の電停から少し歩いてロープウェイに乗った。ロープウェイを降りるとシャトルバスが展望台まで連れて行ってくれた。

Img_1968

藻岩山から見た札幌の夜景。他にも何枚か写真を撮ってみたが手ブレだらけ・・・まともに見られるのがこれだけ><(ヘタと笑ってください^^;)

函館の夜景は短い距離に光が集まっていてきれい。札幌の夜景は広い範囲にわたって光が広がっている。さすがに北海道一の都市なのだなと思った。市の面積も広いけど、私の住む街よりもはるかにたくさんの人口を抱える街なのだ。快晴の昼間にこの展望台から街を見たらどんな景色が広がるのだろう・・・そう思いながら街を見ていた。

途中少し雨がぱらついたが、天気は何とかもったようだ。こちらも修学旅行生と思われる学生がたくさん来ていた。Img_1981

その後再度市電に乗り、「すみれ」なるラーメン屋に行った。ここはラーメンで有名らしいが、実は私はよく知らなかった・・・。ここでラーメンを四種類、餃子一皿を食べた。あ、誤解しないでください。ラーメンが四杯も写っていますが、これ全部「小」サイズです。結局スープの味違いを4つ頼みそれぞれの味を楽しんだのだった。それぞれスープに特徴があっておいしかった。油がたくさんスープに浮いているので大丈夫かな?と思って食べた私だったが、これだけ食べてもほとんどもたれなかったのはびっくり。

その後また市電に乗り札幌の中心地へ戻ったのだが、その後私たちはなぜかブ○クオ○(古本屋のチェーン店ですね^^;)に行っていた。私の地元にもこの店はあるのだが、札幌の店は規模がはるかに大きかった。私は以前に買おうと思っていた絶版本2冊と2年前に買うか買わないか迷った本を見つけ買ってしまった。夫も鉄道の本を見つけたようで1冊買っていた。

夜10時過ぎにホテルへ戻り、1日目は無事過ぎて行った。

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短い旅行 その1

10月27日・28日と短い旅行に行ってきた。旅行地は前日日本ハムが優勝したあの場所、札幌である。札幌から行かれるところで小樽にも行くことにした。

札幌・小樽とまわるのは夫とは二回目の旅行になる。結婚する前に夫と旅行したのだ。その時は確か1月、小樽は吹雪だった。雪の中前もなかなか見えず歩くのが大変だったのを覚えている。

午前5時30分過ぎに家を出て、7時45分頃羽田を出る飛行機に乗った。9時25分頃札幌に到着したのだが、9時34分には新千歳空港から小樽行きの電車に乗っていた。飛行機の座席が出口すぐのところで、機内持ち込み荷物だけだった私たちはすぐ空港から出られたのだ。

前の電車に病人が出たと言うことで電車は少し遅れたが、11時頃には南小樽駅に着いていた。早速小樽の街の散策を開始した。Img_1921

南小樽駅から降りて二人でとことこ歩いてみた。途中オルゴール館に立ち寄ったり、ガラスのお店に立ち寄ったりふらふらしながら街歩きした。前回来たときは吹雪だったので町並みがよくわからなかった。こんな町並みしてるんだな、と思いながら運河までの道を歩いてみた。修学旅行生がたくさんおり、修学旅行生向けのお店もたくさんあった。Img_1924

運河まで来ると思ったより人が少なかった。前回の時は雪でも運河沿いには人がもう少しいたような気がしたが・・・。 建物にからまっているツタが紅葉していてとてもきれいだった。まだ関東では見られない紅葉、季節が一ヶ月先に進んでしまっているのではないかと錯覚してしまった。

北一硝子では何か思い出になるものを購入しようと思っていた。最初の旅行の時二人で色違いのグラスを買った。いつか二人でいっしょに使いたいと言って買ったもので、それから数年後に二人でいっしょに使うようになったのだが、昨年洗い物をしている時私が使っていた方のグラスを割ってしまったのだ。今回もグラスを買うつもりでいたがどうしても似たようなものが見つからず、二人で使うものということで切り子の醤油差し大小を購入した。Img_1929

1時間くらい歩いた後、昼ごはんを食べに行った。お昼は小樽でお寿司を食べようと言っていたのだが、寿司屋がたくさん集まっているところではなく、少し離れたところにある「魚真(うおまさ)」というお店に行ってお寿司を食べた。土瓶蒸し(4~5杯飲めた!)と15カンのお寿司で2500円。これだけ食べてこの値段って・・・。なかなかおいしかった。

お昼の後は小樽駅までのんびり散策した。夫は鉄道が好きで、途中で手宮線の跡を見つけてしばらく見ていた。小樽駅までの間には古い建物がたくさん残っている。街の中に風情があるところもたくさんあり、その都度止まりながら見ていた私たちだった。でも以前来た時に比べ、古い町並みが少しずつ変わってきているように感じた。建物の保存、街の景観、古いものを守るって大変なことだと思うが・・・。途中金融資料館に立ち寄って一億円の重さを体験したりなどした。小樽駅を出る前に北一硝子の本店に寄り喫茶店に入ったのだが、ここで注文したシュークリームの大きさにびっくりしてしまった。

夫はコーヒーアイスを注文。Img_1940_1 アイスもシュークリームも私と夫で半分ずつにして食べた。

アイスも二すくいお皿に乗っていたので驚いてしまった。このアイスは絶品でコーヒーの味がすごく濃くておいしい。シュークリームは大きくて半分でもおなかいっぱいになってしまいそうだったが、実際に食べてみるとあっさりしていて決してこれだけでおなかいっぱいになることはなかった。

その後小樽から電車に乗り、札幌へ向かった。ここまでが27日昼の部、夜の部はまた次の機会に・・・。

                    

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帰りました^^

短い短い旅から無事帰ってまいりました。

コメントをいただいた皆様のご想像の通り行き先は「札幌」でした。他に小樽へ行ってきましたが、ほとんどの時間札幌市内を歩きまわり、おいしいものを食べてきました。

短い期間だったのに今回はリフレッシュできました。長く行ってたら「帰りたくない病」を発症していたかもしれません(旅行後数回発症歴あり)ので、これくらいでちょうどいいかも。またお金貯めてプチ旅行へ行きたいです。

ちびちびと写真も撮ってきました。他の方のブログを訪れると写真付きの日記など楽しいものがたくさんあります。ほとんど写真を使わず書いてきた私のブログですが、いずれ写真付きの旅行記でも書いてみようかと思っています(←「いずれっていつの話だよ?」と言われるほど私の場合後になることが多い・・・ありゃりゃ^^;)。

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明日から・・・

本当に少しの間ですが旅に出ます。

この二週間くらいいろいろな事がありました。しばし日常から離れて過ごしてきます。

・・・と思っていたら、行き先は今夜大騒ぎとなる(???)であろう場所だったりします。一晩明けて明日はどうなんでしょうね・・・。

ではでは、行ってきます~^^

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できたぁ~^^

今、デジカメ画像処理およびブログへのアップの仕方を覚えているところであるが、普段やらない処理ということもありなかなかうまくできない。

今日は夫の祖母へのネックレスを作ってみた。思ったより簡単にできたので写真に撮り早速アップしてみることにした。こんな感じである。Photoグレーのビーズ作業台の上で撮った写真なので色が少し暗めに見えるが、派手すぎもせず地味でもないネックレスができあがった。ネックレスの部分も六角ビーズを使っているので光が当たればそれなりにキラキラと光る。夫にも見せたところ「思ったより色がきれいだね。」と言う。今度行く時に持っていこうと思っているのだが喜んでもらえるとうれしいな、と思う。

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復活・・・そしてレッスンへ・・・

夜中にひどい頭痛で夫を起こしてしまったらしい。うつ伏せに寝ていて肩の血行が悪くなり頭痛の原因となったようだ。肩が痛いほどこっていた。少し肩をもんでもらってやっと楽になり眠ることができた。

起きてから朝風呂にゆっくりつかり肩の血行がよくなったらしい。今日はフルートのレッスンでありどうしようか悩んだが、体調自体はそれほど悪くはなかったのでのんびり出かけてみた。今週もあまり練習できてない。う~ん・・・。

アルテスの9課のGdurとアルペジオをもう一回だけやってみた。今まで間違えて吹いていたのがすらすらと吹けたので自分でもびっくりした。今後もこのGdurとアルペジオ、練習には加えていこうと思った。

10課前半の練習4つが今週の課題になっていた。最初の2つは驚くほど簡単にクリアしてしまったが、DEDEF#EF#Eの繰り返しの指づかいが最初のうちどうしてもうまくいかずだった。指が慣れてくればきちんと吹けるようになってきたが私自身がどうも納得がいかなかったので次週再度挑戦することにした。その後のDdurとアルペジオも何とか形になっていたが音の出方があまりよくなかった。これも納得がいかなかったので再度次週挑戦。

どの練習も吹けることは吹けるが、音がきれいに出ないのが気にくわない。10課後半の練習曲もいきなり初見で吹いてみた。音を出し吹けることは吹けるのだが音をきれいに出すところまで意識できない。吹くだけで必死になってしまう。

練習時間があまり取れない分レッスンの進度はどうしてもゆっくりになってしまう。私も急ぐ方ではないのでのんびりのんびり吹いている。のんびり吹いている分音をきれいに出せるようにロングトーン中心の練習を続けてきた。自分でもだんだんわかるようになってきたが以前よりましにはなっているがまだ楽器が十分には鳴っていないのだ。先生からは「丁寧に音を出す練習をしてきたのはわかります。レッスンを始めて早い時間から楽器が鳴るようになってきたし、今まで不安定だった中音がしっかり出てくるようになってきたなと思います。タピアンさんの楽器は息が正しく吹き込めればきちんと鳴る楽器です。『あ、その音です!』と思う音がわずかな時間ながら出るようになっているんですが、あともう少しなんですよね・・・。」と言われてしまった。楽器をきちんと鳴らせるっていうのは今の私にはあまりにも難しい課題なのだ。でもここで音が出せるようにしておかないとこの先曲だけは吹けるようになったとしても進歩しないような気がする。

しかも10課あたりから練習曲が急に難しくなってくる。このままではこの先の課をクリアしていけるかまで不安になってしまった。「譜読みができないわけではないので吹けないことは絶対にないと思いますよ。」と先生は言うが・・・。

その後アヴェマリアを吹いた。またも指づかいをきれいに忘れていた。先を見通して吹く意識がないと途端にこうなってしまう・・・。アルテスに気を取られ練習がおろそかになっていたな、と反省しきり。

この先進んでいくには練習が不足しているんだな、と思い先生に練習時間の話をしてみた。先生いわく「毎日練習することが一番いいのですが、ただ長い時間練習すればいいってものじゃないですよ。短い時間しか取れないとしてもそこで丁寧に練習するだけでもかなり違うはずです。」とのこと。

現在は苦手な高音の練習をしているが、口の中を広く保ちながらおなかで呼吸する、息のスピードを変える、体の重心を考える、など私にとっては高度なことが必要となってきている。なかなか同時に全てをコントロールできないができる限り基礎練習で訓練していく、その方法で今後の練習をやってみようかと思っていたりする。

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贈り物

夫には80代の祖母がいる。夫の実家には夫の父母、祖母、弟の4人が暮らしている。

だいたい1ヶ月に一度の頻度で夫の実家には顔を出している。私の職場が夫の実家に近いこともありだいたい仕事帰りに立ち寄り夕食をごちそうになる(←え?1ヶ月に一度も顔出してるの?普通そんな行くのイヤじゃないの?などと同僚からは言われるがあまり私は気にしてない。ただその後の話をすると「おいおい、それただ夕食を食べに行ってるだけじゃん!それ調子よすぎじゃない!?」とあきれられている・・・。)。

ある日自分で作ったビーズのアクセサリーをつけていた時のこと、夫の母が「私、自分で作れないからビーズのアクセサリー作って。」と言った。急ぎでなくていいから、と言われたのでのんびり構えていたが、よく考えてみると夫の母の好みの色などがよくわからない。私は夫を連れて手芸店に行き、夫に夫の母に似合いそうな色のアクセサリーキットを選んでもらった。(さすがに材料を一つ一つ探したり、自分でデザインを考えるのは私にはまだ無理なので^^;)青と紫系統のネックレスのキットだった。確かその時夫の祖母もグラスコードをほしがっていたなと思い出し琥珀色を基にしたビーズと材料を買った。

夫の母にネックレスを作り、夫の祖母にグラスコードを作りもって行くと二人ともとても喜んでくれた。夫の母はネックレスを結構つけてくれているらしい。

その数ヵ月後夫の家に行くと、夫の母が私に小さな声で「あのさあ、お願いがあるんだけど・・・。」と申し訳なさそうに言うのだ。何かと思い聞いてみると、夫の母がネックレスをつけているのを見て祖母が「私もそういうネックレスがほしい。」と言っていたというのだ。グラスコードはネックレスにもできるよう作ってあるのだが、おしゃれな夫の祖母のこと、琥珀色のグラスコードだけでは満足しなかったのだろう。ちなみに夫の祖母というのは夫の母の実の母親、なのである。

さてどうしたものか・・・。

しばらく悩んでいた私だが、ビーズメーカーのオンラインショップをめぐって黄緑色のベネチアングラスを使ったネックレスのキットを見つけた。早速注文してみた。

今日の午後、ネックレスのキットは私の手元に届いた。画面上で見た色より薄めの色だが地味ではないネックレスになりそうだ。夫も私も「あれ?思ったよりきれいな色だね。」とびっくりしてしまった。夫の祖母もこれなら喜んでくれるかな?

今週末にでもゆっくりと作り始めようかな?と思っている私だった。

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「和食の素」

この二日間極度の貧血状態に陥り休暇を取ってしまった。とにかく起きられないほどひどい貧血にさすがの私も一日目は寝たきりになってしまった。猫は私の異常を察して私のおなかのあたりでアンモナイトになって寝てくれていた。おかげでおなかがあたたまり気持ちが良かった。1年に一度ほどこういう時がある。

二日目はふらふらしながらも何とか家事に手をつけ始めた。

今日は「和食の素」なるものを作ってみた。これは村田吉弘さんという方が書かれた「和食の素で万能レシピ」という本からのものだ。日本酒と醤油、みりん、かつおぶし、昆布があれば作れるのでやってみた。

日本酒は純米酒を使い、醤油は天然醸造のものみりんもそのままオンザロックで飲めるようなおいしいみりんを使ってみた。かつおぶしはいつもうどんの汁を作る時愛用している生協のかつおけずり節昆布はだしが私好みの味になる利尻昆布を使ってみた。

純米酒300cc、みりん200cc、醤油300cc、かつおぶし20g、昆布10g鍋に入れて煮立て煮立ったら10分くらい弱火で煮詰めるそのまま冷ましてからこしてできあがりだ冷ます時に昆布とかつおのうまみが出てくると書かれていたが、火を止めた直後と冷めてからの味を比べると確かに冷めてからの味のほうがおいしい。だしでつかったかつおぶしからはふりかけが作れる昆布からも佃煮風の保存食が作れる。

この「和食の素」、3ヶ月は冷蔵庫でもつというが、この量では料理を作ると3ヶ月ももたないでなくなってしまう。以前一度作った時はなんと1ヶ月でなくなった今回は倍量作っておいてみた。これで1リットル弱の「和食の素」ができた。

おかずを全部「和食の素」で作るのは基本の味が同じになってしまうので厳しいが、和食を食べたくなった時は便利だ。不思議なもので忙しくなって市販のおそうざいや外食が続いたりすると、突然野菜たっぷりのおかずや魚料理、しかも和食が食べたくなったりする。これがあると和食を作るのが少し楽になる。きんぴらだの肉じゃがなどの煮物、おひたし、魚の煮付けや焼き物、豆腐料理、鍋、汁物など懐かしい味のおかずが少し楽に作れる。

私のようなナマケモノにはちょうどいい調味料である。

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発表会のビデオ

先日のレッスンで発表会のビデオをいただいてきた。

おそろしくて見る気がしなかったのだが、水曜日の夜見てみた。

フルートって結構大きい楽器なのだなと思った。縦にして持っているとびっくりするくらいだ。だてに頭、胴、足の管に分かれているわけではないのだ。

「ユーモレスク」:とにかく走る走る!どんどん突っ走って吹いている。伴奏の方には申し訳ないことをしたなと真っ青になった。また、最初の音がやはり不安定だが、不安定なので焦っているせいかきれいに吹くことを忘れて走って吹いている・・・。まん中の展開部でやっと音が安定し、ゆったりとした音が出始めてきた。最後の部分は最初より多少マシになっているが、やはり走っている!!

「星に願いを」:先生といっしょに吹いているせいか多少リラックスしているようであり、音に多少余裕はあるようだった。でも音の切り方が雑!息がギリギリで続かなかったり、息をつぐところを間違えたりしたのは事実だが、それにしても音の切り方が雑過ぎる!!もっと丁寧に吹かないといけないなあと痛感・・・。

音が通っているかと言えば、確かに以前よりは音が通るようになってはいるがまだまだ足りないし、楽器が出せる最高の音は出ていない。それよりもっとまずいのは、音を探りながら吹いているのがわかる、ということだ。「これでいいのかな?」と思いながら吹いているのがビデオを見てもわかってしまう。

私の一番の課題は器が出せる最高の音を出せるようにすること。何度も同じ事を言っているが、どこをどう吹けば楽器がよく鳴るのか見つけ出すことかもしれない。

でもそれって・・・一番難しい課題だったりして・・・^^;

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ひさしぶりです

何でもありの日記なので、最近フルート以外の話題(特に猫)が多かった。

さて、先週はそれなりに練習時間を作っていた私だが、週末遊びほうけて練習時間はおそろしく短時間となり、週明けからまたフルートを職場で吹いてやろうと思っていた。ところが・・・

10日:昼休み当番が当たってしまった

11日:会議で職場から本社へ出張(昼休み始まってすぐに出ないと間に合わない)

12日:昼休み前にかかってきた電話の対応とお客さん対応で昼休みがつぶれた

13日:またも会議で職場から本社へ出張

・・・ってな事で昼休みはないに等しい一週間だった><

おそろしい話だが今週の練習時間は何と本当に30分程度。これでレッスンを迎えるのはイヤだなあと思いつつレッスンに行くことになってしまった。

アルテス9課のスケール、アルペジオ、エチュード。残った課題はそれだった。また他にアヴェマリアを吹く事になっていた。あまりにも私が指づかいを覚えないので曲を吹かせて覚えさせようという先生のありがたい「おまけ」である。

今週の初めから風邪っぽいこともあり、ダメかなあと思いつつ吹いていたが、最初の音が出たのをいいことに吹いていたら、9課をクリアしてしまった・・・。今までの練習でつかえていた部分がきちんとクリアできたのだった。うれしいことはもう一つ。最近まで安定して出てくれなかった中音がやっと安定して出るようになった、ということだった。

それでも、まだ音は芯には当たっていないようだ。「この楽器だともっと音が出るはずです。音の鳴る位置、構え、重心、呼吸いろいろ試して一番いいところを見つけてください。」と言われてしまった・・・。

その後アヴェマリアを吹いてみた。あまり早いと覚えてない指づかいでこけるので四分音符=52で吹いてみることにした・・・が・・・

吹き始めて10秒で後悔した。「わ~ん、遅過ぎる・・・」

結局そのまま吹き続けたが、スラーだの何だので音を伸ばすことに必死で、きれいな音で吹くとかそういうのはどこかへ全部とんでいってしまった。息が続いてもギリギリだったので吹き終わったときはひっくり返りそうだった。先生も「よくこんなスピードで最後まで吹くなとびっくりしました。今までのタピアンさんだったら絶対そんな事しませんでしたよね。途中で『やだこんな遅いの』とか言ってフルート吹くのやめてましたよね?」とまで言われた。

指づかいはきちんと覚えているらしいので、もっと速く、音をきれいに吹いてくるようにと課題が出された。来週もレッスンあり。今度はアルテス10課の前半部分だ。

発表会が終わってから少し吹き方が変わってきたようだと先生に言われた。音も少しずつだが変わってきているということだった。悪い方向に変わってはいないので大丈夫だが、ちょうどいいところが見つかったらそこで安定できるといいですね、と言われてしまった。

しかし・・・音が安定するのはいつのことやら・・・。

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えさねだり

うちの猫「ごろ」はとんでもないえさねだりをする。

私がお風呂に入ると、部屋に残っている夫の所へ行き、にゃあ~と鳴くすりすりするお手をして夫をたたいたり軽くひっかいたり(傷は付かない程度に軽くだが)までして、えさをねだるのだ。

部屋で寝ていようが、居間で遊んでいようが私がお風呂に入ると途端に夫のそばに「ごろ」がとんできてえさねだりをするというのだ。

そこで今日は夫と「ごろ」を試してみようという話になった。私がお風呂に入るふりをしてみたらどうなるのか・・・というものだ。私がお風呂の扉を開け、脱衣所にいるままで扉を閉めてみた。そっと部屋の中を見ると。「ごろ」は早速夫のそばに行きすりすりしてえさねだりをしているではないか。

その後私の姿を見つけた「ごろ」は「あっ!まずい!!」と上目遣いに私を見ながら私のそばへやってきた。そして私の後ろの爪とぎで一生懸命爪をといでいた。きまり悪そうな「ごろ」の顔・・・。夫と二人で思わず大笑いをしてしまった。からかってしまいかわいそうに思ったので「ごろ」にはえさをあげた。

その後私がお風呂に入ると、「ごろ」が風呂場の前までやってきた。どうやら私が本当にお風呂に入ったのか確認しに来たらしい。「ごろ」にお風呂のお湯を汲んであげたら少しお湯を飲み去っていった。

しばらくすると夫の声がした。「わ~、またえさねだりに来た!」

結局、私のお風呂時間=「ごろ」のえさねだりが定着しているようである・・・。

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食物アレルギー?

アレルギー持ちの私だが、食物には全くアレルギーがない。

しかし、「ごろ」には食物アレルギーがあったのだ。

飼い始めて3年くらい経った頃から、「ごろ」が吐くことが多くなった。猫はよくエサを食べた後吐くと聞いたことはあったが、少しずつ吐く回数が増え、しまいには毎日エサを吐くようになってしまった。エサを変えても吐くのは変わらないのだ。

弟の家には私が拾った二匹めの猫が暮らしている。「ピコ」こと愛称「ぴーちゃん」という猫だが、弟夫婦に聞くとこの猫はほとんどエサを吐かないと言う。吐くのは1年に1~2回程度なのだそうだ。

さすがに吐くのが三日続いた時病院へ連れて行った。熱もなければ尿・血液等に異常はなし、内蔵疾患等もないというのだがどうして・・・。すると先生が言った。

「どこもおかしくないとなると、食物アレルギーの症状かなと思うんですよね・・・。吐いた後元気にしてますよね?」

その通りである。吐いた後ぐったりしていたことなんかほとんどない。ひどいと鬼ごっこなどという時もあるくらいだ。

検査が終わった後エサの試供品を先生がたくさんくださった。療養食、市販のエサなどそれぞれいろんなメーカーのエサが入れられていた。全て1回分、いろいろ与えてみてくださいとのことだった。生体実験みたいで申し訳ないです、と先生から言われてしまった。

いろいろエサを試してみたが、市販のエサだろうが療養食だろうが吐くときは吐いてくれた。ひどい時は食べる都度吐いている。

しかし「アレルギー用」のエサを与え始めた時から途端に吐かなくなった。その後1袋アレルギー用のエサを買いあげてみたら、吐く回数が激減した。毎日のように吐いていたのが1ヶ月に1~2回程度になったのだ。

いったい何だったのだろう。エサの中に入っている何らかの材料にアレルギーがあったようである。いただいたエサの原材料を見てみると・・・てっきり肉や魚を材料に作っていたと思っていた猫のエサには鶏肉の他に穀物やら何やらずいぶんいろいろなものが配合されていることがわかった。「ごろ」の場合はどうやら原材料の穀物のアレルギーらしいのだ。アレルギー用のエサを見ると確かに穀物はほとんど使われていない。イモの一種が原材料に使われていた。

猫にも食物アレルギーらしいものがあるのだと初めて知ったのはこの時だ。その後「ごろ」のエサは獣医さんでしか買えないアレルギー用の療養食となり、1ヶ月のエサ台は倍に増えてしまった。エサ代が倍に増えてしまったことはどうでもいい。「ごろ」がエサを食べる都度苦痛を味わうのではたまったものではないので。

ところでアレルギー用の療養食にも何種類かある。試供品で試してみたらどれも初回は食べてくれたが、二回目以降は「もっとよこせ!」とねだってまで食べようとしたものがあった反面、一口も食べてくれなかったものがあった。これは単なる好き嫌いの問題だろう。結局「ごろ」が食べてくれないエサは却下となり、ねだってまで食べたがったエサ(アレルギー用ダイエット療養食でしたね)が主食になった。

しかしこれで困ったのは好きだから急いで食べて吐いたり、一日分を一度で食べようとして吐いたりされてしまうこと(吐いた後食べてるからこわい)だった・・・。吐く回数は少ないものの、長期に旅行などすると必ずやられてしまう・・・。

これでは「ごろ」の単なるわがままを認めた形になるのかな?と最近思うようになった私である。

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アレルギー

私は動物上皮アレルギーを持っている。猫を飼い始めて2年くらい経った頃それを知ったが、今回は自分の話ではない。猫のアレルギーの話である。

「ごろ」を飼い始めて2年目、予防注射に連れて行った時のことだ。

子猫の時三種混合ワクチン2回の予防注射を行ったが、その時何事もなく過ぎたので2年目も三種混合ワクチンを打ってもらった。打ってもらって帰宅後は「ごろ」は特に変わった様子もなく普通に過ごしていた。

ところが翌朝、いつもならエサをねだりに人を起こしに来る「ごろ」が来ない。変だと思い見に行くと、「ごろ」は椅子の上で香箱座りのまま目をつぶっていた。えさを目の前に持ってきても目はつぶったまま動かない。どうしたのかと思いなでてみたら体が異常に熱い!!!

名前を呼んでも固まったまま動かない「ごろ」を見て慌てて獣医さんに電話した。

「先生、猫が石みたいなんです。しかも熱いんです!」

とか私は言ったらしい。その日は日曜で休診日だったが、すぐ病院に連れてくるよう言われたので固まったままの「ごろ」をケージバッグに入れて連れて行った。

診察台に乗せるときも「ごろ」は固まったままだったのでケージバッグからそのまま取り出すように簡単に出せた。ワクチンに対しアレルギーが出る猫がいるというがどうやら「ごろ」はそれだったらしい。そのまま放っておいても命に別状はないが、この状態が2~3日続いてしまう場合もあると言われた。それはイヤだったのでアレルギー止めの注射を打ってもらい帰宅した。

結局「ごろ」はその日1日中石みたいに同じ場所にいたが、翌日になると少しずつ元気を取り戻し、その後はいつもどおりの猫になった。

そして予防接種の時には、同時にアレルギー止めの注射を打つことになってしまったのだった。

しかし「ごろ」のアレルギーはワクチンだけでは済まなかったのだ・・・。もっともっと重大なアレルギーがあるとは私も考えていなかったのだ。

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予防接種

先週の土曜日、うちの猫「ごろ」の予防接種に行って来た。

ケージバッグに入るのを嫌がり逃げ回る「ごろ」を無理やりバッグにつめて自転車かごにくくりつけて獣医さんへ向かった。「ごろ」はバッグの中でブルブル震えていた。

ケージバッグに入る=飼い主と引き離される。避妊手術に始まり、私の入院による度重なる弟宅への避難、約1ヶ月に渡って弟宅に預けられたこともあった「ごろ」だが、その時を境にケージバッグに入るのを死ぬほど嫌がるようになってしまった・・・。

その日はいつになく獣医さんが混んでいた。重篤な患者さんがいたようだった。待合室には入りきれなかった私と夫は、「ごろ」とともに外で順番を待った。

やがて「ごろ」の順番が来たが、診察台の上にケージバッグを乗せても「ごろ」が出てくる様子はない。ケージバッグを無理やり縦にしたら「ごろ」が落ちてきた。「ごろ」の体重測定をしたところ4.4キログラム。一時期6キロ近い猫になってしまい1年以上かけて減量をしたのだが今はちょうどいいようだ。心臓音にも異常はないとのことでワクチン接種。「ごろ」は5種混合ワクチンを打つ。ワクチンを打った後にもう一本注射をする。ワクチンに対するアレルギー止めである。

いつもはおとなしく注射を打たれる「ごろ」だったが、今回は注射を打たれると「ふ~っ」と唸った。でも暴れたり騒いだりは絶対しない。私にできる限りくっついているだけである。

ワクチンを打った後ケージバッグを出すと、「ごろ」はウソのように自分からケージバッグに入り香箱座りになってしまった。いつも何なんだ、ケージバッグを嫌がるくせに、と思ってしまう変貌ぶりである。

帰りの道では、ケージバッグの中で伸び上がるようにして丸い目をして外を見ていた。さっきまでガタガタ震えていたのはどこのどいつだよ・・・。

さすがにその日はワクチン接種後だるくなってしまったようで、「ごろ」はあまりエサもねだらず人のそばで寝ていることが多かった。いつも決まった時間になると「えさくれ」と鳴いている猫なので静かだなあと思いながら過ごした。

しかし、翌日午後になると「ごろ」は少しずつ元気を取り戻し、夕方にはすっかりいつもの悪い猫に変身していた。決まった時間になると「えさくれ」と鳴き、お手はするわ人は叩くわでえさねだり。鬼ごっこにかくれんぼ、爪とぎ何でもやらかしてくれた。

アレルギー止めを打っておかなかったらえらいことになっていただろう・・・(アレルギー止めを打つようになった経緯は後ほど書きますので、興味がある方はどうぞ)。

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どこかがおかしい・・・

私は中学生の頃、数学ができなかった。

中学1年生の時いきなり数学でつまずいた。方程式が何のことだか全くわからなかったのだ。何を意味しているのかもわからないので答えなんか出せるはずがない。テスト前は問題と答えを丸暗記して臨むより他なかった。当然成績は優秀だった・・・。

方程式が何を意味するのかを理解したのは中学2年生になってからだった。その後中学、高校と私は数学でつまづき続けた。数学に関しては何をやっても1年くらい経たないと理解ができないのだ。おかげで高校受験は苦戦した。3年間の勉強が試験範囲になってしまうからだ。大学受験は希望の学校に数学の試験があったものの、幸い高校2年生までの知識で解けるものだったので何とかクリアできた。

そのうちそれは数学だけではなくなってしまった。気がつくと他にもずいぶん経たないとわからない事がたくさん出てきた。学生の頃は毎日がそんな感じで、本を読んでもすぐに理解ができない、そのおかげで資料を読み込むだけでえらい時間がかかりレポートはえらく時間がかからないと書けないという体験を山ほどした。「どうしてこうとろいかなあ?」と私自身で思っていた。

運よく社会人にはなれたが、会社に入っても資料を読んですぐ理解するという事が不可能で、自分の言葉で言い換えできない状態だと何が何だかわからないのである。会議の席でいきなり資料に目を通して意見を言えなどと言われたらもう大変である。

「この資料最初から最後まで何が書いてあるのか全然わからないや。」

とぼやいたのを聞かれ周囲から仰天されたことまである・・・。

どうやら私は物事がなぜそうなるのかということを理解できないと先に進めない、というより考えることもできないタイプらしい。一度理解できればいくらでも応用がきくようになるのだが、そうなるまでに人の倍、いや三倍、四倍もかかってしまう頭脳と思考回路を持っているらしい。

何を理解するにも1年近くかかるというのはどうなんだろう・・・。

現在は仕事だけでなく、資格試験の勉強一つするにも、趣味の楽器を演奏するのにも、好きでやっている手芸やお菓子作りをするにも、なぜそうなるのかな?と考えてやらないとうまくいかなかったりする・・・。

何でもすぐ反応ができず、どうしてもスピード重視の世界についていけないのだ。

そんな私を見て友人も同僚も「あんた、絶対どっかおかしい。」と言う。

そんなの言われなくてもどこかがおかしいのは自分でよくわかってます^^;と言いたい。少しは悩んだこともあったんだい(今は開き直ってますけどね・・・)。

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うそでしょ?

水曜日職場のうるさい上司にフルートの事を聞かれた。偶然帰りのバス停でいっしょになってしまい、不思議な形のカバンに興味を持たれてしまったのだ。仕方がないので昼休み少しだけ練習をしている事を話したら笑っていた。規則等に細かい人なので怒られるかと思った。「うるさい!とか苦情が来たらこっそり教えてくださいね・・・。」と言ったら「その時はこっそり言いに行くわね。でも昼寝の邪魔にならなければ大丈夫じゃないかな・・・。」と笑っていた。

その日の15分練習はアルテスの9課。5分たたないうちに音が出るようになってくれたのでみっちり練習できた。中音がだいぶ安定してきておりひっくり返ることがなくなってきた。高音は確実に出せると言えない状態であったが、だいぶ息が当たっている感覚がつかめてきた。

実はその日マウスピースだけで吹いているとき最初から高音が出ており、練習曲を吹いていてもめずらしく高音がきちんと出るので調子に乗った私は指づかい表を見ながら高音のHを吹いてみた。

     「うそっ!軽く音が出るじゃない!!」

Hの音がびっくりするほど軽く出た。ロングトーンをやってみたが音がひっくり返ることもなく伸ばせる。まさか・・・と思い最高音と思われるCの音に挑戦!

      「え~~~~!この音も出るじゃない!!!」

なんとCの音も軽く出てしまった・・・。

一時のまぐれだとは思うが、少し前まで全然出せなかった音が出せた。高音の苦手意識が少し薄らいだように思えた。

大雨とわかっているとさすがにフルートを持ち歩くのはきつい。今週は週末の練習を頑張ろうと思う私だった。

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父の夕飯

母親が10日ほど海外旅行に行っているという。実家には父親が一人で残っている。

父親は別に病気もなく元気にしているので特別に心配はしてなかったが、午後休みが取れたので仕事帰りに父親の顔を見に実家まで行ってきた。

実家にいた頃父親と私は相性が悪く、しょっちゅうケンカしていた。相性が悪いというより良くも悪くも同じ性格をしていたのでぶつかっていただけなのだが、毎日ケンカとなるとさすがに応えた。学校を卒業し社会人になってからはケンカはしなくなったが、お互い仕事で疲れていて今度はほとんど話をしなくなった。

27歳の時私は実家を離れ一人暮らしを始めた。マンションを買って完全に独立してしまったのだ。父親は最初非常に驚いていたが、独立を決めたとわかった時にはあっさりと陰から私を応援してくれた。そして独立してからは決して表に出ることはなく私を応援してくれた。

一人暮らしをしていた頃は同じ市内に住みながら普段はほとんど実家に帰らなかった。年末年始ぐらいだったのではなかろうか。母親はほとんどやってこない私に不満を言っていたが、父親は何も言わなかった。

不思議なことに独立してからの方が父親と話す機会が増えていった。

午後実家に行くと父親は昼ごはんを買ってきてくれていた。父親とごはんを食べたり、お茶を飲んだりしながらたわいもない話をしてきた。

帰り際に父親が言った。「あのさあ、炒飯ってどうやって作るの?炒飯食べたいんだけどさ・・・。」

そう、父親は味噌汁だのラーメンだの簡単なものなら作れるが、料理はできない。炒飯は簡単だが、何をいれたらよいかわからなかったのだろう。冷蔵庫にあるものを確認すると、卵、青ねぎに温かいごはんがあった。いただきものと思われるがカニ缶がおいてあった。

「カニ炒飯でいい?」と言ったら「いいよ。」と言うので作ってみた。ねぎを細かく小口切りにして、フライパンを温める。油をひいてからとき卵を入れ、ほぼ同時にごはんを入れて炒める。ある程度炒めたら汁気を切ったカニとねぎをいっしょにいれて炒めた。父親が昆布入りの塩を持ってきたので、その塩と胡椒で味付け。結構いい味に仕上がった。父親がめずらしく隣で作るのを見ていた。

父に味見してもらったら素直に「これうまい!」と喜んでいた。

そういえば実家にいた頃父に料理を作っても「おいしい」とは言ってもらったことがなかったかもしれない。「何だかうちで食べてるものと違うような気がする・・・。」と言われていた。母親の料理と比較していたのだろうと思うが・・・。

結局お土産をたくさん持たされて家に送ってもらった私だった・・・。

そんな家の夕ごはんは、栗ごはんとさんまの塩焼き、きんぴらごぼうに大根のお味噌汁。う~んいっしょに夕ごはん食べようよと誘ったのになあ・・・猫だけかまったらさっさと帰ってしまった父親・・・。

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むちゃくちゃかな・・・

今日初めて会社にフルートを持って行った。

なぜか、というと「練習時間捻出」のためだったりする。

以前の記事で書いたが、なかなか練習時間が取れない分どうやったら練習時間を捻出できるか、そこで考えたのがこの方法だった。

会社の昼休みは1時間。私のいる職場は更衣室と休憩室がある。そこは仕事場所から隔離されている。昼休みはそこで休憩している(昼寝しているといった方が正しいが)人が複数いる。しかし、皆昼休みは必ず昼食をとる。昼寝は昼食をとった後だ。すると

昼食を食べている昼休み前半の時間は休憩室にほとんど誰もいない!!

のである。

だったらその誰もいない時間帯を有効に使ってみようじゃないの(^^)

今日はそれを実行してみた。昼休みが始まってから昼食を持って5分後に休憩室へ行き楽器を用意して吹き始めた。練習したのは音階、アルペジオ、ロングトーンとアルテス9課中心だったが、最初に休憩室に人が来るまで約20分の時間が取れた。今日は最初から音が出ていたのでほぼ20分まるまる一人で練習ができた。人がいないから遠慮して音を出す必要もない。しかも防音がきちんとしているらしく音は外には聞こえていないということもわかった。

休憩室に人が来た段階で吹くのをやめて昼食をとった。昼寝をしている人にとってフルートの音は騒音でしかないので苦情も出るだろうが、同じ部屋でごはんを食べていることに文句を言う人はいない。(食べ物のにおいがイヤだとか言う人がいたら厳しいかな^^;)

毎日の練習を義務付けるつもりはない(仕事の関係で無理な時もあるから)が、練習時間はとれるめどがついた。平日は本当に短い練習時間しか取れないがその時に基礎練習を積み重ねていくしかないかな、と思う私だった。

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